SGX×Nasdaqが描く新しい二重上場モデル

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Author: Noriko Nirei
Post Date: 2025年12月6日
Last Edit: 2025年12月6日

Dual-Listing Bridgeの概要と背景

シンガポール取引所(SGX)と米ナスダックは、2026年半ばをめどに「Dual-Listing Bridge(Global Listing Board)」という新しい二重上場の枠組みを導入する予定です(Nasdaqの公式プレスリリースはこちら)。この制度は、米国とシンガポールという二つの主要資本市場に、企業がより効率的に同時上場できるよう設計されています。中心となるのは、企業が準備する開示書類や財務諸表を“単一のパッケージ”として整備できるようにする点で、これまで市場ごとに追加作業が必要だった二重上場の構造に大きな変化をもたらそうとしています。

こうした改革には、SGXが長年抱えてきた課題が背景にあると考えられます。シンガポールには有望なテック企業が多く存在するものの、資本調達の規模や市場の厚みの観点から、Grab や Sea のように米国市場を上場先として選ぶ企業が続き、SGXは成長企業を自国市場につなぎ止められない状況が続いていました。また、アジア企業が米国で上場する際、アジア側での投資家基盤形成や流動性確保が課題となるケースも見られました。Dual-Listing Bridge は、こうした状況を踏まえて、「米国の流動性とアジア投資家の両方にアクセスできる仕組みを作る」という狙いのもとで構築されたといえるでしょう。

SGXとNasdaqが示した新しい枠組み

SGXとNasdaqが示した新しい枠組みは、開示体系の一本化に大きく踏み込みます。従来は、企業は米国向けにForm F-1などの登録書類を作成し、シンガポール向けには別途プロスペクタスを作る必要がありましたが、今後は財務情報、MD&A、リスク要因などの“中身”を共通化し、それを両市場に提出できる方向性が示されています。会計基準についても、IFRSまたはUS GAAPのいずれかを一度整備すれば、そのまま米国とシンガポール双方で利用できる見通しで、企業の準備負担は大幅に軽減されると考えられます。

LINEの事例にみる従来型の課題と新制度の意義

ここで、国際的な二重上場の実例として思い出されるのが、2016年のLINEによる東京証券取引所とNasdaqへの同時上場です。当時のLINEは、日本と米国の投資家基盤を同時に取り込むために二重上場を選択しましたが、その実務はきわめて重いものでした。日本語の有価証券届出書と米国向けのForm F-1を別々に作成し、開示項目や会計処理の説明方法も市場ごとに調整が必要で、監査・法務・引受審査も市場ごとに進める必要がありました。つまり、同時上場ではあったものの、二つの市場のために二つの上場準備を行う構造は避けられなかったのです。

これと比較すると、Dual-Listing Bridge は、二重上場の概念そのものを再定義するものと言えます。LINEの時代には市場の数だけ作業量が増える構造だったところ、今回の枠組みでは一度整備した開示パッケージを二市場でそのまま活用できるというアプローチが前提に据えられています。これは、二重上場を「負担の増加」とみなしていた従来の常識を、制度側から覆そうとするものです。

アジア資本市場への戦略的インパクト

SGXはこの仕組みによって、単体市場としてNasdaqと競うのではなく、アジアにおける“米国上場のゲートウェイ”という新しい市場ポジションを確立しようとしているように見えます。アジア企業にとっては、米国だけでなくアジア側にも上場することで投資家層を広げ、流動性を確保しやすくなるという利点が生まれます。米国市場の情報開示レベルを基準にSGX側の開示要件を引き上げる動きは、長期的にはSGX市場全体の透明性向上にもつながる可能性があります。

この新しい仕組みは、日本企業にとっても大きな意味を持ちます。J-GAAPからIFRSまたはUS GAAPへの転換は必要になるものの、一度国際基準で財務諸表を整備すれば、その単一基準で米国とシンガポールの双方に同時上場できるという選択肢が現実味を帯びます。

Dual-Listing Bridge は、単なる手続きの合理化にとどまらず、アジア企業が国際資本市場へアクセスする際のルートそのものを再定義しようとする取り組みです。米国の開示水準を基準点に据えながら、アジア市場との接続を制度面から設計し直すことで、企業はこれまでよりも現実的かつ低負担で複数市場への同時上場を選択できるようになります。SGXにとっては、自らを米国市場への“ゲートウェイ”として位置づけ、アジア地域の成長企業を惹きつけるための戦略的な布石でもあります。こうした枠組みが本格的に稼働すれば、アジア発の上場モデルは従来の形から大きく進化し、地域全体の資本市場に新しい流れを生み出す可能性があります。

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