(Interview後編)上場後の現実:くら寿司USA元CFOが明かす米国市場での持続的成長戦略

はじめに(インタビュー前半の振り返り)

インタビュー前編では、篠原浩二氏のキャリアや、くら寿司USAでのNasdaq IPO準備、さらにはパンデミック下でのIR戦略について詳しくお話を伺いました。

【インタビュー前編であるNasdaq IPOへの挑戦:くら寿司USAが切り拓いた道 〜元CFOが語る上場までの2年間の軌跡〜の目次】

IPOは企業にとって大きな転換点ですが、それは同時に新たな挑戦の始まりでもあります。本記事であるインタビュー後編では、IPOにかかる実際のコストや必要な人材、そして上場後のIR活動の実態などについて、より具体的な話題についてお話しいただきました。篠原氏の経験を通じて、Nasdaq上場の真の姿と、持続的成功のために必要な要素が浮かび上がってきます。IPOを目指す企業や、グローバル展開を考える日本企業にとって、新たな気付きとなれば幸いです。

(再掲)インタビュー参加者の略歴

南塚 正人(代表取締役社長):
東京大学文学部卒業後、TBS入社を経て米国留学。カリフォルニア大学サンディエゴ校卒業後、NY州の会計事務所を経てKPMG LLP New York事務所、有限責任あずさ監査法人に転籍。同法人でパートナーまで務めた後、2017年にQuantum Accounting株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。米国公認会計士。

酒井 弘行(EXECUTIVE FELLOW):
慶應義塾大学経済学部卒業後、アーサーアンダーセンを経て有限責任あずさ監査法人に加入。同法人でパートナーを務め、その後、中国事業本部長、IT監査本部長、東京事務所長などを担当。日本公認会計士協会理事を務める。2015年にあずさ監査法人理事長およびKPMG Japan CEOに就任。2019年の退任後、Quantum Accounting株式会社のExecutive Fellowに就任。公認会計士。

中多 広志(顧問):
関西大学社会学部卒業後、サンダーバード国際経営大学院でMIM取得。長銀総合研究所でM&Aなどの経験を経て、吉本興業ホールディングス株式会社取締役CFOを務める。2021年よりQuantum Accounting株式会社の顧問に就任。

篠原 浩二(新・顧問):
日本大学経済学部卒業後、オクラホマシティ大学で経営学修士取得。Arthur Andersen LLP、KPMG等を経て、米国HOYA HoldingsのCFOを務める。その後、2017年よりKura Sushi USA, Inc.のCFOとしてNasdaq IPOプロジェクトをリードし、2019年7月にNasdaq上場を達成。2021年よりTakenaka Partners LLCでManaging Directorを務めた後、2024年よりQuantum Accounting株式会社の顧問に就任。米国公認会計士。

それでは、インタビュー後編をお楽しみください。

IPOの隠れたコスト:人材と財務の両輪

中多:IPO終わった後も訴訟はなかったのですか。

篠原:私がいる頃はなかったです。今もないと思います。

南塚:訴訟対策で保険とかって入ってたんですか。

篠原:入っていました。訴訟対策の保険に入るのも、IPO前のハウスキーピングと呼ばれてる作業のひとつで、 D&O Insuranceっていうのを入れておかないと。アンダーライター側の弁護士の方が聞いてきます。
D&O InsuranceはもともとIPOを目指す前から入ってたんですけども、 プレミアムの金額が全然違うんですよ。

南塚:どれくらい違うのでしょうか。

篠原:我々はIPOを前提として入ったんで、80万ドルぐらいですかね。

南塚:保険だけで1億円ですか。いや、(為替を考えると)今は1億円どころじゃないか。

篠原:だから、IPO後のコストも結構かかりますよね。開示資料もたくさんありますし。10-K、10-Qもそうですが、8-Kで重要事項の開示もしょっちゅうしなければならなくなります。それは全部弁護士が絡みますし、監査法人もPCAOB対応できる監査法人なので高い。

中多:弁護士事務所はどこにお願いしているんですか?

篠原:Squire Patton Boggsというところです。担当弁護士は元々アンダーセンで一緒だった人間で、それで知っている方でした。

中多:それはIPOするためのファームと訴訟対応のファームは別ですか?

篠原:どちらも一緒でした。弁護士選定の際は、大阪の本社に来ていただいて、RFPをやってもらいました。3社に来てもらいました。知り合いがいるからとかではなく、全員一致でSquireに決まりました。IPO後も毎年百万ドル単位でコストがかかります。

南塚:そっちはランニングコストですもんね。資金調達でも賄えないですしね。

篠原:それ以外にもSOXも入ってきますし、それを維持するコストもかかりますからね。IPOやったはいいけれど、あまりにもお金かかるからやめちゃうっていう会社もありますよね。

一同:そうですよね。

南塚:先ほどIPOに向けてcontrollerを一人起用したという話がありましたが、内部統制も含めどれくらい追加で人員配置をしたのでしょうか。

篠原:やっぱり社内にそういうリソースがなかったので、不足分はサードパーティーのサービスプロバイダーにお願いして、J-SOXレベルでもいいのでICOFR(Internal Control over Financial Reporting)だけでなく一通りの内部統制を構築しました。時間はかかりましたよ、内部統制といってもピンとこない人たちばかりでしたので。

南塚:その点、本社の理解やサポートみたいなものはどうだったのですか?

篠原:本社からは金銭的なサポートでしたね。最初増資という形で資金調達したんですけれども、一方で財務的にも独立しているように見えた方がいいということで、IPO前なんですけれども新店舗オープンのための資金ということで、銀行からお金を借りました。

酒井:親会社の保証なしで、自分たちだけで銀行から資金を集めたということですね、なるほど。

中多:IPOしてからの事なんですけれども、日本のNasdaq上場企業のIRをどのよう見られていますか?

篠原:くら寿司USAは今もそうですが、IR担当の人間が完璧なバイリンガルなんですね。で、testing the waterもroadshowも、当然彼もメンバーに入っていて。CEO、私と彼ともう一人Director of operationという役職の者も、完全なバイリンガルなんです。そういった面ではIPO後も毎四半期の発表もスムーズにやれたと思います。

酒井:そんなにいい人揃っていたんですね。それはIPOのために意識してそのような人材を?

篠原:偶然なんですけれどもね、それは大きいですよね。でも本当に偶然なんです。IRマネジャーの彼は、一番最初は店舗で天ぷら揚げていたメンバーなんです。

一同:へぇー!!

酒井:天ぷら揚げてた!素晴らしいね、そんな風に人が揃っていったんだね。

中多:あとは、店舗がどんどん増えていけばIRもやりやすくなりますよね。ビジネスモデルが見えやすいですからね。それが見にくいところは苦労しますよね、絶対。

篠原:そうですね。今60店舗あって、我々投資家にアピールするときにマーケティング会社を雇って何店舗までホワイトスペースがあるか調査してもらって、投資家にアピールしていました。今もまだ十分にホワイトスペースはありますが、将来的には投資家へのアピール方法を変える必要がでてくる時期があるかと思います。

中多:Follow-on-offeringなさる時は、もうほとんどIPOからのアンダーライターがやるという感じですか?

Follow-on Offering

篠原:1回目のFollow-onはそうだったと記憶していますが、当時優秀だったバンカー2人がもう独立してしまって。

中多:Follow-on専門でやっている会社もあると聞いたのですが。

篠原:残念ながら、私がいたころはFollow-onやっていないんで、わからないんですよ。私はパンデミックの最中にやめてしまったんですけれども、オフィサーは全員15%給与カットなど大変な状況でした。対外的にもそれくらいしないと収まりつかなかったんです。

中多:それは大変でしたね。

篠原:でもくら寿司って本当に美味しいんですよ。すし酢もそのレシピを知っている人はごく限られた人だけですし、お醤油は醤油メーカーにPrivate Brandとして製造してもらっていました。アメリカの場合はサイドメニューは随分日本とは違います。ですからパンデミックの時は大変でしたが、今は業績も戻り、株価も好調のようです。

南塚:原宿のフラッグシップのくら寿司も子供が大好きでよく行きます。美味しいですよね。

上場後の攻めのIR:四半期ごとの投資家との対話

南塚:IPOの後のIRについてもっと細かく分けて教えてほしいんですけれど、実際さっきのearnings callの話もあったんですが、それって別に決まったルーティンの中でやるだけの話ですか?もうちょっと攻めのIRとか考えられてやったりするんですか?

篠原:パンデミック前はアンダーライターが主催するミーティングに参加して、投資家やアナリストと話を会って話をするということはやっていました。

南塚:それはどれくらいの頻度で?

篠原:本当だったら四半期ごとだったりするんですけれども、パンデミックが起きてしまってからはもう対面でのミーティングはやらなくなってしまって。

南塚:今は・・・おそらく・・・一般的には四半期ごと・・・?

篠原:今はそう、やっていると思いますよ。NY行ったり、シカゴ行ったりとかして。

南塚:そういうときに、やはり最新の会社の売上や利益などの情報が提供できないというのは、かなり不利にはなりますよね?

篠原:それはそうですね、それはそうでしょう。

南塚:そうですか、例えば、日系企業だと、FPIとしてADR上場すると、半期の財務諸表を出せばいいぐらいがせいぜいなので、四半期の情報持ってないじゃないですか。持ってないから、最初の四半期くらいはいいですけど、半期とか第3四半期になると情報が古かったり。あとはそもそも年次報告も半期もnon timely filingとなってしまって・・・

篠原:あー、SECの報告期限を超えちゃうってことですか。

南塚:そうそう。

篠原:あー・・・。

南塚:なんかみんな期限以内に出せなくて。そうすると言いたいことも言えないまま時が過ぎてしまう、という状況になってしまっているのかなーと推察しています。

篠原:それはあるかもしれないですね。くら寿司USAは期限内にできていましたね。今もきちんとやっていますよ。

南塚:それができるだけの投資はしたんですか?人だったりシステムだったり。

篠原:していると思いますよ。人も増やしていますし、はい。

中多:IRに際し、機関投資家からのアプローチってありますか?アナリスト送るからインタビューして、というような。

篠原:私の経験では、ラスベガスでやったレストラン業界の会合みたいなのがあったんですけれども、そういうところにいくと、アナリストとか投資家の人から、個別のミーティングをリクエストされることはありました。あとは、アンダーライターも、以前我々が直接コンタクトしても相手にしてくれなかったところが、向こうから来るようになっちゃったりしました。

一同:ははは、素晴らしい。

中多:くら寿司USAの取締役会の構成っていうのはどうなっているんですか?

篠原:それもハウスキーピングアイテムの一つで、独立取締役を入れないといけないんです。で、IPOの前にAudit CommitteeのChairmanを必ず入れないといけないということだったので、元アーサーアンダーセンの人でDeNAのCFOも務められた浅子信太郎さんに入っていただきました。あとPanda Expressで店舗開発の責任者だったアメリカ人の女性の方にも取締役会に入っていただきました。今は半分以上独立取締役かと思います。

南塚:Board Diversificationみたいなものって株価とか投資家の食いつきには影響していると感じますか?

(Update) Nasdaq:取締役会のダイバーシティに関するルール改定

篠原:どうですかね、私が知っている限りはカリフォルニアは女性を何人かいれないといけないというルールがあるんですね。だから今も入れていると思います。SECのルールもあるし。ですが、それが株価や投資家に何か影響するかといったらあまりピンとこないです。

中多:一つはくら寿司という寿司チェーンっていうのもちょっとあるんですかね、日本人のイメージがありますから。

篠原:一応、Authentic Japaneseということですから。

酒井:お寿司、ということで、逆にアメリカ人が並んでいるより、日本人が並んでいる方が説得力があったりするかもしれない。寿司という事業の特性があるから。

南塚:メキシコ料理屋さんだったら日本人よりメキシコ人がいた方が、とかね!

一同:ははは。

酒井:それは一般論が当てはまらない部分はあるかもしれないね。取締役の日本人たちはみなバイリンガルなんですか?

篠原:いえ、そんなことはないですね。バイリンガルの日本人にサポートしてもらいながら、という感じです。会議は英語で行われますので。

中多:昔は、アメリカの寿司屋さんに行ったら痛い目にあったことありますよ、わさびがゴルフボールくらいの大きさででてきたりとか。

南塚:僕もそういうことありました!東海岸のコネチカットの日本食料理屋さん行って親子丼頼んだら、具とご飯の間にキャベツ炒めが挟まっていて、ひっくり返りましたよ。だから、くら寿司がアメリカで食べれるっていうのは安心で有難いですね~。

一同:あはははは!

篠原:そうですよね、ありがとうございます。

日系企業のNasdaq挑戦:くら寿司USAの先駆者としての視点

南塚:ところで、篠原さんは、他のアメリカに上場している日系企業の動きは見られていますか?

篠原:それほどではないのですが、最近small capで上場された会社さんとか。規模としてはそこまでは大きくないですよね。

南塚:うちにもご相談いただいたのですが、今から半年でIPOしたい、でも準備はまだ何もされていないということだったので、、、、

中多:正直な話、半年とか1年弱で上場させようと思ったらできると思うのですが、その後の株価形成やIRをどうやっていくかとか、ほとんどの人はそういうところまで考えが至ってないですよね。でも一番つらいのはそのあとじゃないですか。

南塚:くら寿司USAの場合は、上場までどれくらいの期間かけられましたか?

篠原:約2年ですね。私がくら寿司に加わってから2年です。

南塚:そうですか、やはりそうですよね。英語の問題もないし。もともと帳簿はある意味USGAAPで記帳されていますし。

篠原:とはいえ、初めて私が入った時はまだ各種の引当計上もしていなく、未払負債などもきちんと記帳できていませんでしたけどね。ははは。
ただ、IRに向けてプレゼンテーションの資料作成なんかはBMOが結構手伝ってくれるところがあり、我々の英語のプレゼンのスクリプトも作ってくれて。一番大変かなと思っていたのは、質疑応答ですね。これはもう片っ端から想定問答を書いていって、万全の用意していないと赤っ恥かいちゃうんで。

南塚:そこはIRのコンサルはどれくらい関わられましたか?

篠原:しっかりやってもらいました。

南塚:その時のアンダーライターとIRコンサルへの支払いはどんな感じだったんですか。

篠原:アンダーライターへは払っていないです。資金調達額の7%のアンダーライティングディスカウントだけです。

南塚:アンダーライターに対しても、調達時のアンダーライティングディスカウントだけではなく、月次のリテンションフィーが発生するという話を聞くのですが、くら寿司USAのケースでは?

篠原:そういうのはあるかもしれないですね。でもくら寿司USAのケースではリテンションはなかったですね。

南塚:IRコンサルへのフィーはどうでしたか?またアンダーライターを繋いでくれた際のフィーは別途払ったんですか?

篠原:リテンションフィー+サクセスフィーでした、どちらも金額規模はそこまで多くはなかったです。アンダーライターをつないでくれたときも毎月のリテイナーフィーの中からやってくれました。

酒井:IPOできたら、総額考えても、その金額だと知れているね。アンダーライターのパーセンテージのほうが大変ですね。

篠原:あとは、弁護士事務所とか監査法人が一番かかわったけれど、 ただPLにはほとんどヒットしない。

中多: 多分なんですけど、 IRコンサルなんかは、 テンプレートがあるから、 そんなにフィー高くなくても大丈夫。

篠原:それはあると思いますけどね。IPOのお手伝いいっぱいやっているんで。

中多:いずれにしても、Q&Aまで含めて、ある程度のところは予想を立てるってことですよね。

篠原:そうです。幸いにあんまり変な質問はされなかったですけれど。Earnings callなんかもそうだと思うんですけど、何聞かれるか分からないから。

南塚:Earnings callって、自分は実際に立ち会ったことないですけど、あれは本当にオンラインだけでやっているんですか。それとも、物理的な会議室にアナリストとか記者とかが来た上で、さらにオンラインでも伝えている感じですか。

篠原:いや、社内で集まってオンラインでやっているだけです。

南塚:日本みたいに、兜町に集まっていわゆる記者会見みたいな感じじゃないんですね。

篠原:じゃないですね。

南塚:あれは未だに電話なんですか?

篠原:じゃないですか。ははは。やっぱりアーニングスコール、アナリストの予想を下回ったらやっぱりまずいとかありますよ。

南塚:アナリストの予想って、どうやって形成されているんですか?会社側からどのように情報を出してるんですか?

篠原:我々にいろいろインタビューしてくるので、我々として答えるのですが、それをベースにして彼らは彼らなりに見通しを予想してくるので。

南塚:単純に「今期の業績の見通しは?」という質問されたりしないのですか?

篠原:それはなかったですね。

南塚:日本だとすぐに自分たちで発表しちゃいますけどね。そもそも短信にその枠があるから。信じられないですよね。

中多:そう考えればね。

南塚:本日はいろいろなお話、お聞かせいただいてありがとうございました。これからどうぞよろしくお願いします!

篠原:こちらこそどうぞよろしくお願いいたします!

おわりに

弊社では日系企業のNasdaq上場のサポートをさせていただいております。記事をお読みいただき、もっと詳しく話を聞きたいという方は、お気軽に弊社までご連絡ください。我々は、未来を見据えて今を走る皆様のお話をお伺いできることを楽しみにしております。またお伺いした中でサポートできることを提供いたします。弊社へのお問い合わせは、お気軽にこちら(CONTACT)からご連絡ください。

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