(Interview前編)Nasdaq IPOへの挑戦:くら寿司USAが切り拓いた道 〜元CFOが語る上場までの2年間の軌跡〜

篠原さんは現在アメリカ在住ですが、今年5月に日本に一時帰国のタイミングでQuantum Accountingの虎ノ門オフィスにお越しいただきました。新たにQAにジョインしていただくことになった篠原浩二氏と、QAの代表取締役役社長の南塚正人氏、Executive Fellowの酒井弘行氏、顧問である中多広志氏との対談インタビューを前編である本記事と後編の2本仕立てでお届けします。

インタビュー参加者の略歴

南塚 正人(代表取締役社長):
東京大学文学部卒業後、TBS入社を経て米国留学。カリフォルニア大学サンディエゴ校卒業後、NY州の会計事務所を経てKPMG LLP New York事務所、有限責任あずさ監査法人に転籍。同法人でパートナーまで務めた後、2017年にQuantum Accounting株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。米国公認会計士。

酒井 弘行(EXECUTIVE FELLOW):
慶應義塾大学経済学部卒業後、アーサーアンダーセンを経て有限責任あずさ監査法人に加入。同法人でパートナーを務め、その後、中国事業本部長、IT監査本部長、東京事務所長などを担当。日本公認会計士協会理事を務める。2015年にあずさ監査法人理事長およびKPMG Japan CEOに就任。2019年の退任後、Quantum Accounting株式会社のExecutive Fellowに就任。公認会計士。

中多 広志(顧問):
関西大学社会学部卒業後、サンダーバード国際経営大学院でMIM取得。長銀総合研究所でM&Aなどの経験を経て、吉本興業ホールディングス株式会社取締役CFOを務める。2021年よりQuantum Accounting株式会社の顧問に就任。

篠原 浩二(新・顧問):
日本大学経済学部卒業後、オクラホマシティ大学で経営学修士取得。Arthur Andersen LLP、KPMG等を経て、米国HOYA HoldingsのCFOを務める。その後、2017年よりKura Sushi USA, Inc.のCFOとしてNasdaq IPOプロジェクトをリードし、2019年7月にNasdaq上場を達成。2021年よりTakenaka Partners LLCでManaging Directorを務めた後、2024年よりQuantum Accounting株式会社の顧問に就任。米国公認会計士。

CFOの軌跡:シリコンバレーからくら寿司USAへ

南塚:篠原さん、こんにちは。今日は、篠原さんがくら寿司USAの時にどんなことをされていたのか、Nasdaq上場日系企業でなぜくら寿司USAが成功しているのか、他社が苦戦している要因などを分析したいなと考えています。
根拠がなくてもいいので、我々が思っていることを今回発信したいと考えています。それでは今日はどうぞよろしくお願いいたします。

篠原:よろしくお願いします。

南塚:早速ですが、ちょっと振り返っていただいて。くら寿司USAに入るまではどのように過ごされていたんですか?

篠原:くら寿司USAの前はHOYAにて、米国法人のCFOをやっていました。シリコンバレーに12年いました。連結グループの子会社がみんな事業部にぶら下がっていたので、私の仕事はそれを統括する業務でした。“米国地域本社“兼”社内ベンチャーキャピタル“みたいな位置づけの会社で、事業部は結構M&A案件をやるんですけれども、当然連結会計や連結税務に影響してくるので、私はDDをリードしたりとか、連結会計・連結税務、グループの内部統制、資金繰り、M&Aなど、そんな仕事をやっていました。
そんな時、2017年にリクルーターから話があって、「日系企業でIPOを目指していて、CFOを探している」ということで。これは応募したほうがいいなと思って。

酒井:真っ当な経歴ですね。HOYAでもきちんとした業務されていて。ちょっとは悪いことしてなかったんですか?

篠原:いや、ははは、してないですよ!

IPOを目指す日系企業のCFOとして:くら寿司USAのIPOへの道

篠原:それで2017年9月にくら寿司USAに入りました。当時監査法人はデロイトだったんですが、監査初年度だったんですね。ですがその時は決算仕訳とか自分たちで入れられてなくて。現地の小さな会計事務所に委託していたので、このままだとPCAOB監査に耐えられないだろうなと。Accounting Managerは前からいたんですが、会計の知識経験が少なかったので、Controllerの人を採用して、とりあえずそれで逃げ切ろうと。

あと内部統制も当然全くない会社だったので、EGC(Emerging Growth Company)だから内部統制監査はIPO後5年間は免除されますけど、SOX302の方はありますから、いずれにしてもICOFR(Internal Control over Financial Reporting; 財務報告にかかる内部統制)がちゃんと機能していることをcertifyしなきゃいけないっていうことで。それにプラス、くら寿司本社が上場しているからJ-SOXはやっていたんですが、当時はくら寿司USAは小さすぎてScope outされてたんです。

一同:あー、そうだったんですか!初めから入ってたわけではなかったんですね。

篠原:えーそうなんです。

南塚:その時の売上はどのくらいの規模だったんですか?

篠原:私が入った時は、五千万ドルなかったですね・・・、はい。14店舗しかなかったので。

酒井:店舗は全米で結構散らばってたりしたんですか?それともどこかのエリアに集中していたんでしょうか?

篠原:最初はカリフォルニアに結構集中していて。あとはテキサス(ヒューストン、ダラス)、アトランタ。

中多:やっぱりいいところにあるね。

南塚:日系企業の多いところですね。

篠原:そうですね。あとは私がいるときにシカゴがオープンして、それからカリフォルニア州のプレザントンにも。今見ると、60店舗くらいあるみたいで。すごいですよね、毎年10店舗くらいオープンしているようです。

一同:へー、すごいですね!

篠原:やっぱり、Follow-onのオファリングやってファンドレイズしてるから、設備投資なんかも自力でファンドレイズしてやってる。G&A expense高いから、利益あんまり出てないけど、それは先行投資ということで投資家も分かってる。ただ、レストラン業界のfinancial KPIは結構独特なものもあり、例えば、comparable restaurant sales growth、要は既存店のsales growth。先ほどの話にあるように毎年10店舗増えているので、売上だけを見れば当然増えていますが、既存店ベースの売上比較を重視するところがありました。あとはレストランレベルのEBITAですとか。正確にはAdjusted EBITAですね、オープンしていないお店の初期費用などは除いて算出したりしました。

南塚:ノーマライズベースで比較するということですね。

篠原:はい。くら寿司USAのレストランレベルのEBITAや平均売上(AUV=Average Unit Volume)が結構いい成績でしたので、投資家にも評価いただいていました。あるいはレストランオープン時のキャッシュベースの初期費用をどれくらいの期間で回収できるかというCash-on-cash-returnなども評価されてIPO前も事業は好調に進んでいました。

くら寿司USAのIPO舞台裏:CFOが語る上場への2年間の軌跡

篠原:IPO準備で最初に苦労したのは、アンダーライターですね。法律事務所や会計事務所などの知り合いが紹介はしてくれるんですが、我々は全然相手にしてもらえませんでした。その状況を打開したのが、IRコンサルティングファームでした。彼らがものすごいネットワークを持っているので、一気にアンダーライターを何社も集めてきてもらって、2018年の8月に米国ミーティングをしてアンダーライターの選択、RFP(request for proposal)をやって、各アンダーライターからプロポーザルもらいました。

一同:へぇー!

篠原:えぇ。各アンダーライターのトラックレコードや戦略、サービス内容とサービスチーム、フィーなんかの項目をベースにして、最終的にBMOにメインのレフトブックランナーになってもらいました。で、ライトの方は、その時の米国ミーティングの時は入っていなかったんですけれども、レストランチェーンに強い投資銀行で、アーカンソーに拠点を持つStephensという投資銀行に入ってもらいました。

酒井:さっきおっしゃってたIRコンサルティングファームはそれ以外にどんなことをしてくれたんですか?

篠原:さっきお伝えしたアンダーライターの紹介以外にも、S-1ドラフトを手伝ってもらったり、testing the waterやroadshowの準備も、はい。

南塚:その辺は逆に言うともう、アンダーライターのファンクションをIRコンサルがもう半分引き取っちゃってやったという感じですよね。

篠原:はい、そうですね。彼らのワークロード的には負担が大きかったかもしれません。

中多:Stephensは食料品とか、レストランに特化しているんですか?

篠原:レストランチェーンに特化しているんですよ。

中多:レストランチェーン!なるほど。それは面白いですね。

篠原:ただ、ちょっと付け加えると、先ほどのIRコンサルはIPO後に他に変えたんですよ。レストランチェーンチェーンには強くなかったので。

一同:ほーう。

篠原:アンダーライターに関しては、最終的に我々についたのは、メインはBMOとStephensで、co-managerでBTIG、Roth Capital、Maximです。

南塚:日系は入っていなかったんですか?

篠原:日系も一社入りたいと希望してもらっていたのですが、結果的には実現はしませんでした。

南塚:なるほど。

中多:日系銀行のアメリカ人ってずっと3年単位くらいで日系会社ばかり移動しているんですよ。だからスペシャリティがなかなかない。

篠原:なるほど。当時も求めているバリューとマッチしていなかったんですよね。
話が飛んでしまいましたが、confidential filingは2019年4月頃ですね。翌月5月からtesting the waterをやって。投資家16社程度あったんですが、ミルウォーキー、シカゴ、NYで。投資家もQII(qualified institutional investor)でないとだめなのですが、我々当然ネットワークがないので、IRコンサルやアンダーライターに集めてもらって。で、売り込みはしちゃいけないんですが、感触はすごく掴めました。一社上から目線もありましたけどね、ははは。

5月にconfidential filingしてから、SECとは3回やり取りがあって、それに対するコメント対応などをしました。SECはNon-GAAP measureのFinancial KPIとかうるさいんですよね。それで、さっき言ったCash-on-cash-return は結局載せないことになったんですけど。SECが止めろっていうから。

RoadshowをやったのはIPOの直前ですね。8日間の日程で2019年7月の後半から、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、サンフランシスコ、サンディエゴの5拠点で。

南塚:LAはやっていないんですか。

篠原:やっていないんですよ、はい。それで、投資家の方もみなアンダーライターとIRコンサルの紹介で。

南塚:その時は、オンラインではなく、face to faceでやっていますよね?昔のイメージだと、ランチミーティングやりながらって感じですが。

篠原:はい、face to faceでしたね。ランチミーティングはよくありました。ランチミーティングは本当にどんな投資家が来るかわからないという感じで。あとは個別に決まっているスケジュールに則ってやっていました。ただもう本当に分刻みで移動するんで、結構大変は大変でしたね、肉体的に!

南塚:何社くらいQIIに会ったんですか。

篠原:えっとですね、roadshowでは20社くらいは会ったと思いますね、全部合わせたら。やりながら、BMOがどんどんオーダーを取っていって。そしたら結構好評でover subscribeの状態。結果的に290万株を売り出す予定だったんですけど、好評なんでBMOがgreenshoe(over allotment)を行使して290万株の15%、つまり43万株かな、余分にまた発行してやったんですね。

IPOプライスについては、全部roadshowが終わったのがサンディエゴだったんですが、お昼くらいに終わって、本社も交えて相談して、14ドルでいきましょうって話になったんです。我々はそのIPOプライスが決まったその夜にレッドアイでニューヨークに行って、翌日もうIPOセレモニーです。

一同:ひえー

篠原:セレモニーも勝手にやってくれるんじゃなくて、予約しないとダメなんですよね。我々はもうIPOやる日が決まっているから当然前もって段取りはしていて。なので、その日は本社からも社長や役員の方々、米国サイドも我々の会社からもたくさんのメンバーが集まって大勢でお祝いしました。14ドルでスタートしてからあっという間に20ドル超えてどんどん上がって行って、これはすごいなー!って感じました。

そういったことでひと段落したんですけれども、IPO後も業績も好調だったんですよ、パンデミックが起きるまでは。

逆境を乗り越えて:パンデミック下のIR戦略

篠原:パンデミックが起きてから、本当に悲惨な目にあって、 あっという間に赤字に転落してですね。株価も5ドルまで下がりました。パンデミックのせいっていうのが明らかなんで、大丈夫だと思いつつ、 株主訴訟が怖くて怖くて。ははは。

酒井:しょうがないですね。

篠原: しょうがないですよね。

酒井:ちなみにそういうレストランチェーンの類似の会社の状況も、やっぱりそれくらい落ちてたんですか。

篠原:落ちていたと思います。当時、PPPローンってご存知ですか?
Paycheck Protection Programっていうのをアメリカ政府が施行したんです。パンデミックのときに飲食店・・・まぁ飲食店に限らないんですけど。

南塚:ああ、従業員に対する給与の補償みたいな?

篠原:従業員をキープするために。で、ゆくゆくは返さなくてもいいっていうような。そういうローンがあって6百万ドルの調達をやっとしたんですよ。だけどShake Shackっていうハンバーガー飲食店がPPPでローンもらったとわかると、すごく周りから「ファンドレイズすればいいだけなんだからなぜ困っていないのにもらったのか」と非難を受けまして。Shake Shackはそれでローンを返したんですよ。それで、我々もしょうがないから真似して返しました。

一同:はははは。返したんですか?

篠原:我々の口座にその6百万ドルがあったのは、3日間とかそんな感じでした。返しました。

南塚:Reputation riskってことですね。

篠原:そうです、そうです。

本インタビューの前編では、篠原氏のキャリア、くら寿司USAでのIPO準備、そしてパンデミック下でのIR戦略について詳しく伺いました。Nasdaq IPOの舞台裏や、上場企業としての課題と対策について、貴重な洞察を得ることができました。

後編では、IPOにかかる隠れたコストや人材戦略、そして上場後のIRの実態など、より具体的な話題に踏み込んでいきます。Nasdaq上場を目指す企業や、グローバル展開を考える日本企業にとって、示唆に富む内容となっています。

後編の続きはこちらからご覧いただけます。篠原氏の経験から学ぶ、IPO成功への道のりをお見逃しなく。

【インタビュー後編である上場後の現実:くら寿司USA元CFOが明かす米国市場での持続的成長戦略 の目次

 

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