米国証券市場ガイド 第5回:Nasdaq上場のためのコーポレートガバナンス

Nasdaqに上場する場合には、日本の上場企業に求められるガバナンス体制の構築が最低限必要となる

コーポレートガバナンスに関して、日本の会社法第328条1項は、大会社(公開会社でないもの、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除く。)は、監査役会及び会計監査人を置かなければならない、と規定しています。ここでいう大会社とは、資本金として計上した額が5億円以上であるか、負債の部に計上した額の合計額が200億円以上の会社をいいます(会社法第2条6号)。つまり、大会社で公開会社である場合は、規模も大きく、不特定多数の株主がいる可能性が高いので、しっかりしたガバナンスを構築しなさい(つまり、監査役会設置会社か、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社のいずれかとなる)という趣旨です。

ただし、大会社であっても公開会社でなければこの要件は適用されません。なお、公開会社とは、その発行する全部または一部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設けていない株式会社(会社法第2条5号)、つまり、株式の譲渡制限が無い会社のことを指しますので、必ずしも上場会社という訳ではありません。

さて、ちょっとややこしいのですが、日本で上場していないベンチャー企業がNasdaqに上場したと仮定します。Nasdaqに上場したことにより株式は一般株主の間で自由に売買できるようになりますので、この会社は公開会社に該当することになります。一方で、公開会社であっても、大会社に該当しなければ、監査役会を設置する(あるいは監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社となる)必要はありません。もっとも、現実的には資本金が5億円未満かつ負債総額が200億円未満という規模の小さな会社がNasdaqに上場する、かつ、上場を維持することは難しい(ましてやNYSEはもっと難しい)でしょうから、Nasdaqの上場を目指す場合は大会社に該当する(あるいは近い将来該当することになる)という前提でガバナンスの構築を考える必要があると言って差し支えないと思います。

日本の会社のガバナンス体制には3つのパターンがある

前述のように、日本の上場企業の場合は、コーポレート・ガバナンスの体制として、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社のいずれか一つを選択することができます。監査役会は取締役会の職務執行を監査する機関として取締役会から独立した組織として位置づけられます。監査等委員会は監査役会が有する機能に加えて、会計監査人の選任等に関する議案の内容の決定や、取締役の選任等や報酬に関する意見の決定などができることとされており、監査役会より一歩踏み込んだチェック機能を有しています。いずれの場合でも、監査役は取締役ではなく、取締役会から独立した立場で取締役の職務執行を監査するという仕組みになっています。

他方、指名委員会等設置会社は、監査役会設置会社や監査等委員会設置会社とは根本的に異なるガバナンスの考え方を導入しており、会社の業務執行は取締役会ではなく執行役に担わせ、その執行役の業務執行を取締役会が監督するというガバナンス体制となっています。

取締役会の中には、指名委員会、監査委員会および報酬委員会の三委員会が設置されます。

指名委員会は取締役の選任、解任に関する議案の内容を決定する権限を有しています。

監査委員会は執行役や取締役の職務の執行の監査や、会計監査人の選任に関する議案の内容を決定します。報酬委員会は執行役や取締役の報酬等の内容の決定を行う権限を有しています。これらの委員はあくまでも取締役が務めるという構図になっており、取締役会は業務執行を行う執行役の監督機関として特化する、という仕組みになっています。

Nasdaqにおけるガバナンス体制の要件

Nasdaq上場企業に求められるガバナンスの体制については、Nasdaqのコーポレートガバナンス規程だけでなくSarbances-Oxley Act(SOX法)や、1934年証券取引所法、関連するSEC規定も留意する必要があるので、実際にNadaq上場を目指してガバナンス体制を構築しようとする場合には、SOX法やSECルールに詳しい法律の専門家に相談して頂きたいのですが、以下に基本的な要件について説明します。

Nasdaqのガバナンス要件は、Nasdaq Listing Rule 5600番台に記載があります。このルールによると、基本的には、以下のように日本の指名委員会等設置会社と同じような委員会制度(日本の制度はアメリカの真似をしているので当たり前ですが)の構築が求められています。

1)取締役会: 取締役においては、過半が独立取締役(independent director)で構成されている必要があります。ここでいう独立取締役は日本でいう社外取締役に近似していますが、日本とアメリカでは独立性の要件が異なるので、必ずしも独立取締役=社外取締役ではありません。なお、NasdaqにIPOした会社については、IPO後1年間はこのルールが免除されます。なお、Nasdaqの規定では、独立取締役だけで構成されるミーティング(executive session)を定期的に開催する必要があります。

2)監査委員会: 監査委員会は原則的には3名以上の独立取締役だけで構成されている必要があります。しかし、一定の要件の下を満たせば、そのうち1名は独立取締役でない取締役(ただし業務執行を行わない取締役)を選任することができます。また、監査委員のうち少なくとも1名は財務・会計の有識者(会計士やCFO経験者等)である必要があります。

NasdaqにIPOした会社については、IPO時には独立取締役は1名選任されていれば良く、有価証券届出書(registration statement)が有効となった日から90日以内に監査委員会の過半数を独立取締役とし、有価証券届出書(registration statement)が有効日から1年以内に規定に完全準拠すれば良いという免除規程があります。

3)報酬委員会: 報酬委員会は原則的には独立取締役だけで構成されている必要があります。しかし、報酬委員会が3名以上の取締役で構成されている場合、一定の要件の下を満たせば、そのうち1名は独立取締役でない取締役(ただし業務執行を行わない取締役)を選任することができます。なお、NasdaqにIPOした会社については、IPO時には独立取締役は1名選任されていれば良く、その後90日以内に報酬委員会の過半数を独立取締役とし、IPO後1年以内に規定に完全準拠すれば良いという免除規程があります。

4)指名委員会: 指名委員会は報酬委員会同様、原則として独立取締役だけで構成されている必要があります。しかし、指名委員会が3名以上の取締役で構成されている場合、一定の要件の下を満たせば、そのうち1名は独立取締役でない取締役(ただし業務執行を行わない取締役)を選任することができます。なお、取締役の指名は、指名委員会以外に、過半数の独立取締役によっても行うことができます。NasdaqにIPOした会社については、IPO時には独立取締役は1名選任されていれば良く、その後90日以内に指名委員会の過半数を独立取締役とし、IPO後1年以内に規定に完全準拠すれば良いという免除規程があります。

FPIに対する例外規定 

実は、外国企業(Foreign Private Issuer:FPI)に対しては、上記のガバナンス規程について特例があります。それは、コーポレートガバナンス要件に関しては、一定の要件を満たせば本国のルールに準拠していれば良い、というものです。これはNasdaq Listing Rule 5615(a)(3)に記載されていることですが、ナスダックのコーポレートガバナンス規程の代わりに本国のルールに準拠しているものがあれば、その旨を開示する必要がある、またその場合でも監査委員会の機能・責任(またそのメンバーの独立性)はNasdaqの規定に準拠して執行される必要がある、というような前提があるものの、そのような条件を満たせば、FPIの場合はNasdaqのコーポレートガバナンスの規定の代わりに本国、つまり日本のガバナンスのルールに基づいて機能設計することが可能となっています。

参考までに、Nasdaq Listing Rule 5615(a)(3)の原文を以下にご紹介します。

(3) Foreign Private Issuers

(A) A Foreign Private Issuer may follow its home country practice in lieu of the requirements of the Rule 5600 Series, the requirement to disclose third party director and nominee compensation set forth in Rule 5250(b)(3), and the requirement to distribute annual and interim reports set forth in Rule 5250(d), provided, however, that such a Company shall: comply with the Notification of Noncompliance requirement (Rule 5625), the Voting Rights requirement (Rule 5640), have an audit committee that satisfies Rule 5605(c)(3), and ensure that such audit committee’s members meet the independence requirement in Rule 5605(c)(2)(A)(ii). Except as provided in this paragraph, a Foreign Private Issuer must comply with the requirements of the Rule 5000 Series.

(B) Disclosure Requirements

(i) A Foreign Private Issuer that follows a home country practice in lieu of one or more of the Listing Rules shall disclose in its annual reports filed with the Commission each requirement that it does not follow and describe the home country practice followed by the Company in lieu of such requirements. Alternatively, a Foreign Private Issuer that is not required to file its annual report with the Commission on Form 20-F may make this disclosure only on its website. A Foreign Private Issuer that follows a home country practice in lieu of the requirement in Rule 5605(d)(2) to have an independent compensation committee must disclose in its annual reports filed with the Commission the reasons why it does not have such an independent committee.

(ii) A Foreign Private Issuer making its initial public offering or first U.S. listing on Nasdaq shall disclose in its registration statement or on its website each requirement that it does not follow and describe the home country practice followed by the Company in lieu of such requirements.

日本のNasdaqおよびNYSE上場企業のガバナンス体制は?

では、実際にNasdaqに上場している日本企業はどのようなガバナンス体制をとっているか見てみましょう。

2018年9月現在、日本企業でNasdaqに上場している会社は2社、NYSEに上場している会社は10社あります。NYSEのガバナンス規程はNasdaqのものと全く同じではないですが、基本的な要件は同じなので、両市場あわせて12社の状況を調べてみます。

米国上場している12社のうち、監査役会設置会社はトヨタ、キャノン、LINE、IIJ、FRONTEOの5社、監査等委員会設置会社はホンダ1社、指名委員会等設置会社は三井住友FG、みずほFG、三菱UFJFG、野村HD、オリックス、SONYの6社となっています。

監査委員会設置会社5社および監査等委員会設置会社1社について取締役の構成人数をみてみると、社外取締役の人数は取締役全体の3~4割程度となっている会社がほとんどです。監査役会設置会社や監査等委員会設置会社は日本の上場企業として一般的なガバナンス対体制を堅持し、NYSEないしNasdaqのガバナンス規程に関しては、FPIに対する例外規定を活用する形で、限定的な対応しか行っていないと言えそうです。

監査委員会設置会社および監査役会設置会社の取締役の構成 

会社 取締役会
社内 社外
IIJ 8 5
キャノン 7 2
トヨタ 6 3
FRONTEO 4 2
ホンダ 9 5
LINE 5 3

 

一方で、指名委員会等設置会社はSONYを除くとすべて金融会社となっています。日常から常に高度なガバナンスが要求されているからでしょうか、業務執行の効率性と有効なガバナンス体制をどうバランスするか、各社の工夫が垣間見れます。

会社 取締役会 指名委員会 監査委員会 報酬員会
社内 社外 社内 社外 社内 社外 社内 社外
オリックス 6 6 0 5 0 4 0 4
SONY 3 10 1 4 0 3 0 3
野村 HD 4 6 1 2 1 2 1 2
みずほ FG 8 6 0 5 2 3 0 4
三井住友 FG 10 7 1 5 2 3 2 4
三菱UFJ FG 7 8 1 4 2 3 1 4

SONYに関しては、指名委員会に社内取締役が1名選任されていますが、監査委員会、報酬委員会はすべて社外取締役、取締役会全体でも13人のうち実に10人が社外取締役となっています。指名委員会には社内取締役が一名入っており、これはNYSEの規程で容認されていませんが、それ以外の構成はNYSEの規程にかなり近い形で設計がされているのが伺えます。

またオリックスは、取締役会全体の構成は社内と社外が半々ですが、3委員会はすべて社外取締役で構成されています。

日本でいう社外取締役とNasdaqないしNYSEで定義する独立取締役は、それぞれの要件定義が違うので、社外取締役=独立取締役とは言えないのですが、NasdaqやNYSEのガバナンス要件にどれだけ近づける形でガバナンス体制を設計しているかを考察するうえではあまり差が無いと考えて良いと思います。

なお、指名委員会等設置会社も含め、日本の米国上場企業はすべて日本法に基づいたガバナンスを構築しており、したがってすべての会社がFPIに関する免除規程を適用しているという状況です。

米国での資金調達に関心がある場合は、どうぞこちらから弊社にお気軽にご相談ください。喜んでサポートさせていただきます。

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