米国証券市場ガイド 第3回:日本企業によるNasdaq上場(その2)

(最終更新日:2023年4月3日)

1971年に発足したNasdaqは、店頭銘柄気配自動通報システムとしての機能を提供しながら、OTC市場で取引されていた非上場株等の気配値を表示し通知する株式市場として大きく成長を遂げました。Nasdaqで取引される銘柄は発足当初は約2300銘柄でしたが、約10年後の1980年末には3000銘柄を超え、登録銘柄の時価総額も1980年末時点で687億ドルとなり、NYSEの3,978億ドルには及ばないものの、国法証券取引所であるAmerican Stock Exchangeの348億ドルを凌駕する規模にまで成長しました。

 

1983年のSECルール改正によりSEC登録が必要に

Nasdaqの取引規模が拡大し、国法証券取引所と肩を並べる規模となったことから、アメリカ国内で外国企業(foreign private issuer:FPI)に対しても国内企業と同様の開示を求めるべきだという考えが広まってきました。また、前述のように、Nasdaq設立当初は、取引に際して発行会社の同意は不要であり、そのため発行会社が意図していないにもかかわらず自社の株(ADR)がいつの間にかアメリカで流通しているということが起こっていました。そのような自発的ではない証券登録に伴いSEC登録を求めるのは難しいという考えが当初はありましたが、1983年時点では既に発行会社の同意無くNasdaqで取引を行うことは認められなくなっていたため、Nasdaqで取引されるということは、発行会社が自発的に米国証券市場へアクセスしていると理解できるようになっていました[i]

 

このような背景から、1983年10月5日にSECはルール12g3-2の改正を行い、その日以降にNasdaqに上場されるFPIに対しては、ルール12g3-2(b)の適用によるSEC登録免除を認めず、アメリカ企業と同じように取引所法12条(g)項に基づくSEC登録と継続開示義務等が課されることになりました。なお、この変更はNasdaq上場会社に対して行われた変更であり、OTCであるピンクシートで取引されているだけのFPIには、引き続きルール12g3-2(b)の適用によるSEC登録免除を認めることとされました。つまり、(少なくともFPIにとっては)それまではNasdaqはOTCと同じ取扱いであったものが、この日以降は、国法証券取引所ではないものの、OTCとは別の、証券取引所に“準ずる”株式市場として位置づけられることとなったと考えてよいと思います。

 

このルール改正はアメリカ国内でかなりの反対があったそうです。公開草案に対するパブリックコメントは賛成26に対して反対は133に上り、このルール改正の結果、多くのFPIはNasdaqをやめてOTCに移ってしまい、結果としてFPIによる情報開示の後退や、投資家からの信頼の低下を引き起こすというような懸念が挙げられていました[ii]。そのためSECはこのルール改正に際してグランドファーザー条項(既得権者除外条項)を盛り込むことにしました。つまり、このルール変更以前からNasdaqで取引されている(カナダを除く)外国企業については、新ルールの適用を無期限に延期するという便宜が図られたのです。

 

このルール変更の通達にはその様な(カナダを除く)外国企業が102社リストアップされており、その中にはキヤノン、ダイエー、富士フォトフィルム(富士フイルム)、日立(負債証券)、イトーヨーカドー、JAL、キリン、マキタ、丸紅、三井物産、NEC、日産、リコー(負債証券)、三洋電機、資生堂、東京海上火災、トヨタの日本企業17社が含まれています。日立とリコーはADRではなく負債証券の取引なので、この中でNasdaq企業と呼べるのは15社となるのですが、一方でこのリストにはなぜかワコール(1977年登録)とCSK(1983年8月登録)の2社が記載されていません。両社とも1983年10月5日時点ではNasdaqにおいて取引されていたのは間違いないので、結果として17社のADRが1983年10月時点でNasdaqに上場されていたようです。そしてこれらの会社の多くはグランドファーザー条項を適用して、SECへの登録を行わないまま1983年以降もNasdaqへの上場を続けました。

 

日本企業にとっては、この1983年のルール変更はNasdaqという株式市場の位置づけを決定的に変更するものとなりました。これ以降Nasdaqに上場するためには、外形基準を満たせばという条件付きですが、SEC登録と継続開示義務等を負うことになり、NYSEなどの国法証券会社に上場することと実務的にはほとんど変わらなくなりました。したがって、1983年以降Nasdaqで自社株がNasdaqで取引された会社は、本文中ではあえてNasdaq「上場」企業と表現したいと思います。

 

1983年以降は日本企業によるNasdaq上場が沈静化

SECのルール改定によりNasdaq上場のためにSEC登録が必要となった1983年10月以降は、日本企業がNasdaqを目指す動きは沈静化しました。これはルール改正の影響もあったと思いますが、実はNYSEも同様の状況で、バブル期は日本の証券市場に勢いがあり、わざわざアメリカを目指すというインセンティブが乏しかったのではないかと思います。

 

1983年以降最初のNasdaq上場となったケースは1996年のサワコーで、その後1999年にはトレンドマイクロとIIJが、翌2000年にはクレイフィッシュとクロスウェーブがNasdaq上場企業となっています。Nasdaqは1999年から2000年にかけていわゆるITバブルの影響で相場が大きく上昇し、日本企業だけでなく世界中から多くの企業がこの時期に上場を果たしています。

 

一方で、2001年にかけてITバブルは崩壊し、ネットベンチャーの旗手ともてはやされたクレイフィッシュは経営混乱により上場廃止、クロスウェーブも会社更生法を申請し上場廃止、とネガティブなニュースが続いてしまいました。

 

Nasdaqが国法証券取引所になりグランドファーザーが撤廃

更に転機となる出来事が2006年に起こりました。Nasdaqによる国法証券取引所への登録です。これに伴いNasdaqは公式にNYSEと全く同等の証券取引所となりました。そして、これまでルール12g3-2(b)の適用がグランドファーザー条項により認められてきたケースが、Nasdaqが国法証券取引所になったことに伴い、国法証券取引所においてSEC登録の無い証券の取引を禁じる取引所法12条(a)項の規程に抵触することになってしまいました。そのため国法証券取引所への上場に伴うSEC登録を規定している取引所法12条(b)項に基づくSEC登録が必要となってしまったのです。

 

この時点でSEC登録を行わないままNasdaqに上場を続けていた日本企業はダイエー、富士フイルム、日産、キリン、三洋電機の5社でした。この5社に対しては3年間の猶予が与えられ、Nasdaqへの上場継続を希望する場合には、その間に取引所法12条(b)項に基づくSEC登録を準備することができるという便宜が図られました。しかしながら、結果的にはこの5社すべてSEC登録を行なわずNasdaqからの上場廃止を選択しました。

 

また、NYSEと同様の話ですが、2001年に起こったエンロン事件と、それを受けて2002年にサーベンス・オクスリー法(SOX法)が成立してから、SOX法により米国上場企業には内部統制監査が義務付けられることとなり、その対応への負担の大きさが問題となっていました。さらに2007年にSECのルールが改正され、日本企業が米国証券取引所から上場廃止を行い、SEC登録を抹消することが比較的簡単にできるようになりました。結果として東京海上やトレンドマイクロ、また別の理由ですがNECも2007年にNasdaq上場を廃止し、その後2011年に三井物産が、2013年にマキタとワコールがNasdaq上場を廃止しました。その後、冒頭のように2013年にUBIC(現FRONTEO)が久しぶりのNasdaq上場会社となり、IIJとFRONTEOの2社がNasdaq上場を継続している日本企業となっています。(その後の最新の上場の状況は下記の表または別の記事をご参照くださいませ。)

Nasdaqへ上場した日本企業一覧(1983年以降、ADRのみ)

(表の最終更新日:2023年10月6日)

社名 上場年 ステータス SEC登録
キヤノン 1971年 2000年 上場廃止 あり
富士フイルム 1971年 2009年 上場廃止 無し
JAL 1971年 2002年 上場廃止 無し
東京海上火災 1971年 2007年 上場廃止 あり
NEC 1971年 2007年 上場廃止 あり
日産 1971年 2009年 上場廃止 無し
トヨタ 1971年 1999年 上場廃止 Nasdaq上場中は無し
三井物産 1971年 2011年 上場廃止 あり
キリン 1973年 2006年 上場廃止 無し
ダイエー 1974年 2008年 上場廃止 無し
マキタ 1977年 2013年 上場廃止 あり
三洋電機 1977年 2006年 上場廃止 無し
イトーヨーカドー 1977年 2003年 上場廃止 あり
ワコール 1977年 2013年 上場廃止 あり
資生堂 1978年 1985年 上場廃止 無し
丸紅 1982年 1984年 上場廃止 無し
CSK 1983年 2005年 上場廃止 無し
サワコー 1996年 2000年 上場廃止 あり
トレンドマイクロ 1999年 2007年 上場廃止 あり
IIJ 1999年 2019年 上場廃止 あり
クレイフィッシュ 2000年 2003年 上場廃止 あり
クロスウェーブ 2000年 2003年 上場廃止 あり
FRONTEO(旧UBIC) 2013年 2020年上場廃止 あり
ペッパーフードサービス 2018年 2019年上場廃止 あり
メディロム 2020年 上場中 あり
吉通貿易 2022年 上場中 あり
シーラテクノロジーズ 2023年 上場中 あり
Warrantee 2023年 上場中 あり
アーリーワークス 2023年 上場中 あり
Pixie Dust Technologies 2023年 上場中 あり
リードリアルエステート 2023年 上場中 あり

次のNasdaqへ上場企業は?

2013年に久しぶりにUBIC(現FRONTEO)がNasdaq上場を果たしたのを契機に、日本企業のなかでNasdaqに関する関心が高まっているようです。特に、時価総額数千億円という大企業ではなく、どちらかと言えばベンチャーに近いUBICが上場を果たしたことは、これまでNasdaqを身近に感じる機会が少なかった日本のベンチャー企業にNasdaq上場を考える契機となったといえると思います。現在Nasdaqや弁護士、監査法人にもNasdaq上場に対する問い合わせが以前と比べて多く入っているようです。

 

当社でも今年になり数社からNasdaq上場に関するお問い合わせを頂戴しております。日本企業、特に志の高いベンチャー企業がNasdaq上場を目指す際にはぜひお手伝いをしていきたいと考えております。

ご相談は、こちらよりお気軽にお問合せください。

 

最後になりますが、本稿の執筆にあたり成蹊大学の湯原心一先生のディスカッションペーパー「米国の証券登録義務」を参考にさせて頂き、また先生には細部にわたりご指導いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

 

[i] 83-58 SEC Rule Change Relating to Foreign Securities in NASDAQ

[ii] Patrick Merloe, INTERNATIONALIZATION OF SECURITIES MARKETS: A CRITICAL SURVEY OF U.S. AND EEC DISCLOSURE REQUIREMENTS

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA