2025年1月23日、ワシントンD.C.のホワイトハウス執務室で、ドナルド・トランプ大統領は「デジタル金融テクノロジーにおける米国のリーダーシップの強化」と題した大統領令に署名しました。
この大統領令は、デジタル資産とブロックチェーン技術の発展を支援し、米国を暗号資産(仮想通貨)の中心地とすることを目指しています。具体的には、ドルに裏付けられたステーブルコインの成長支援や、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入禁止などが含まれています。さらに、トランプ大統領は「デジタル資産市場に関する大統領作業部会」を設立し、デジタル資産に関する連邦規制の枠組みを策定することを命じました。
この大統領令の署名は、米国のデジタル資産業界にとって重要な転換点となり、今後の発展と成長への道筋を示すものとなると関係者の期待は高まっています。
この大統領令に先立ち、2024年12月15日以降に開始する事業年度から、暗号資産に関する米国の会計基準に大きな変更が加えられています。これまで米国会計基準においては暗号資産の会計処理は明文化された規定が体系的に整理されておらず、従来からある会計基準をこの新しい概念の資産に、いわば無理やりあてはめていました。しかし、デジタル資産を実務的に扱う領域が増えるに伴い、暗号資産を適切に扱うための会計基準の策定が各方面から求められてきました。
これらの声を受け、会計基準の制定母体である米国財務会計基準審議会(FASB)や、米国証券取引委員会(SEC)は、2023年から2024年にかけて、一連の会計基準の改定に踏み切り、デジタル資産の実務と会計をシンプルでわかり易い形に改定しました。
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会計基準アップデート(ASU)第2023-08号「無形資産—のれん及びその他—暗号資産(サブトピック350-60):暗号資産に関する会計処理及び開示」
これまで、米国会計基準において、明示的な規定は存在しないものの、自己保有の暗号資産は無形資産として分類され、以下のような会計処理が行われていました:
- 取得時の計上:暗号資産は取得原価で計上されます。
- 減損処理:報告期間の終了時に、公正価値が帳簿価額を下回る場合、その差額を減損損失として認識します。一度認識した減損損失は、後に公正価値が回復しても戻し入れ(リバーサル)は行われません。
この処理方法の背景には、暗号資産が法定通貨や金融商品とは異なり、物理的な形態を持たないデジタル資産であることから、無形資産としての分類が適切と判断され、伝統的な無形資産と同じ会計処理を適用することになったという経緯があります。しかし、この方法では、暗号資産の市場価値の上昇を財務諸表に反映できないため、投資家や利害関係者にとって企業の財務状況を正確に評価することが難しいという課題が指摘されていました。
新しい会計基準の改定内容
2023年12月、米国財務会計基準審議会(FASB)は、暗号資産の会計処理と開示に関する新しい基準(会計基準アップデート(ASU)第2023-08号「無形資産—のれん及びその他—暗号資産(サブトピック350-60):暗号資産に関する会計処理及び開示」)を発表しました。この新基準では、暗号資産を無形資産とする定義は変更していないものの、物理的な形態を持たない非貨幣性資産と定義し、減損モデルではなく、新しく公正価値で評価するモデルを導入しました。主な改定内容は以下のとおりです:
- 公正価値測定:対象となる暗号資産は、各報告期間の終了時に公正価値で測定され、その変動額を純損益として認識します。これにより、暗号資産の市場価値の変動が財務諸表に直接反映されます。
- 開示要件の強化:企業は、保有する暗号資産の種類、数量、公正価値、取得原価、そして公正価値の変動に関する情報を財務諸表の注記で開示することが求められます。
この改定により、暗号資産の価格下落だけでなく、価格上昇の影響を適時に財務諸表に反映することが可能となり、財務諸表の利用者が企業の財務状況をより正確に理解できるようになりました。この新基準の適用開始日は、2024年12月15日以降に開始する会計年度からとされています。ただし、企業は早期適用を選択することも可能です。
スタッフ・アカウンティング・ブリテン第122号(SAB 122)
暗号資産交換業者や、金融機関等のカストディアンは、顧客の暗号資産を保管・管理する役割を担っています。従来、カストディアンは顧客の資産をオフバランスで管理し、自己の財務諸表には計上しないことが一般的でした。しかし、2022年にSECが発行したスタッフ・アカウンティング・ブリテン第121号(SAB 121)では、カストディアンに対し、顧客の暗号資産を貸借対照表上に資産(例えば、暗号資産保管資産(Safeguarding Asset))および対応する負債(例えば、暗号資産保管資産(Safeguarding Asset))として計上することが求められました。これらの項目は、保管中の暗号資産の公正価値で測定され、資産と負債の両方に同額が計上されていました。このガイダンスは、カストディアンが顧客の暗号資産に対して実質的な管理責任を負っているとみなされたために用いられたアプローチでした。しかし、このアプローチは、金融機関が暗号資産をバランスシート上に保有すると自己資本比率を押し下げることにつながるため、金融機関の暗号資産市場への参入を、事実上制限するものとして作用していました。
新しい基準の改定内容
2025年1月に発行されたスタッフ・アカウンティング・ブリテン第122号(SAB 122)により、SAB 121のガイダンスが撤回されました。これにより、カストディアンは顧客の暗号資産を自己の財務諸表に計上する義務がなくなりました。代わりに、カストディアンは、その義務に伴う損失リスクが生じた場合は、その損失リスクを偶発損失として、他の損失リスク(例えば訴訟による和解金の支払いや、法令違反によるペナルティー等)と同様の考え方で、測定・認識することを求めています。また、顧客資産の保護に関連するリスクや義務については、引き続き適切な開示を行うよう求められています。
この改定により、カストディアンは財務諸表上の負担が軽減され、暗号資産市場への参入障壁が下がると期待されています。しかし、顧客資産の保護に関する責任は引き続き重要であり、適切なリスク管理と情報開示が求められます。このガイダンスは、2024年12月15日以降に開始する会計年度から、完全遡及的に適用されます。
まとめ
このように暗号資産に関する政策的な推進のバックボーンとして、会計基準の改定は、トランプ政権以前から着々と環境が整いつつあったと言えます。これらの会計基準の改定は、暗号資産の会計処理における透明性と一貫性を高め、企業の財務状況をより正確に反映することを目的としています。投資家や利害関係者は、これらの新しい基準に基づく財務情報を活用することで、企業の財務健全性やリスクプロファイルをより適切に評価できるようになるでしょう。今後、企業はこれらの基準に従い、暗号資産の保有や管理に関する情報を適切に開示することが求められます。これにより、暗号資産市場の信頼性と安定性の向上が期待されます。
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