米国証券取引所における新基準:Nasdaqの上場要件(MVUPHS)改正について

問題の背景と概要

2024年後半から2025年初頭にかけて、Nasdaq市場では資金調達が十分にできないという根本的な問題を抱える企業が、既存株主による売出(Resale Shares)を活用してMVUPHS要件をかろうじてクリアし、上場を果たすケースが散見されました。典型的には、医療・バイオテック分野の中小ベンチャーが公募による資金調達を数百万ドルに抑え、大部分をResale注文で穴埋め。結果としてIPO初日の寄付の価格が公募価格を大きく下回り、短期間に株価が50%以上急落する事例も発生しました。こうした“見せかけ上場(window-dressing IPO)”は、投資家保護の観点から強く問題視され、市場の信頼性低下を招く要因となりました。

また、事前にヒアリングを行った調査パネルでは、「Resale Sharesを算入した企業の初値ボラティリティが高い」、「市場流動性への貢献度が低い」との分析結果が報告されています。こうした実態を踏まえ、NasdaqはMVUPHS要件の抜本的見直しに乗り出しました

はじめに

Nasdaq Listing Rules 5405および5505では、IPOやOTCからのアップリスト企業に対し、一定のMVUPHS(Market Value of Unrestricted Publicly Held Shares:制限のない公募後流通株式の時価総額)要件を課しています。しかし本改正では、これを「公募による調達額のみ」で満たさせる方向へ転換。一時的なテクニカルクリアではなく、市場参加者による実質的な資金需要を重視し、安定的かつ健全な上場環境を維持しようとしています。

MVUPHS要件の定義と用語解説

MVUPHS (Market Value of Unrestricted Publicly Held Shares) は、上場時に市場で自由に取引可能な株式の時価総額を指し、以下の要素で構成されます:

  1. Market Value当該株式の当日終値または直近取引日の終値を用いた時価評価。

  2. Unrestricted Publicly Held Shares:ロックアップ制限が解除され、売却登録済みの既存株主保有分。ただし改正後はMVUPHS算入対象外。

  3. Publicly Held:役員・大株主(持株比率10%以上)以外の投資家が保有する株式。

上場前のMVUPHSは通常、目論見書に掲載された公募価格と発行株数から計算されます。

例:公募価格$10で500万株を発行する場合、MVUPHS = $10 × 5,000,000株 = $50,000,000

改正のポイント:Resale Shares排除と公募規模要件の拡充

1. Resale Sharesの排除

改正前は、新株発行と既存株主による売出(Resale Shares)の両者を合わせてMVUPHSを満たせば上場可能でした。しかし改正後は、公募によって新たに発行・販売された株式のみMVUPHSに算入できるようになりました。これにより、Resale Shares依存の“見せかけ上場”が事実上不可能となります。

2. Capital Marketにおける公募規模要件の拡充

Nasdaq Capital Marketでは、以下の2つの基準いずれかを公募で満たす必要があります:

  • 純利益基準(Net Income Standard):公募により最低$5百万を調達

  • 株主持分/時価総額基準(Equity or Market-Value Standard):公募により最低$15百万を調達

改正前はResaleを含めた一律$4百万で要件を満たせましたが、改正後は資金調達額が大幅に引き上げられています。

改正の経緯とSEC承認プロセス

Nasdaqが提案したMVUPHS要件改正は、 投資家保護と市場安定性の観点からSECによって迅速に審査・承認されました。特に、初値の大きなボラティリティと流動性不足リスクが顕在化した事例を背景に、連邦官報掲載からわずか3.5ヶ月後となる2025年4月11日に施行されました。

SECは、Resale依存型IPOによる株価急落や流動性不足が繰り返されることを懸念し、迅速な審査・承認を通じてリスク軽減を図ったとされています。

企業への実務的影響と対応策

A. 資本調達戦略の再設計

公募規模が拡大したことで、資本政策立案段階からより精緻な資金計画が必要です。予想を下回る資金調達の場合、上場承認のリスクが高まるため、複数のシナリオを想定した調達計画を策定しましょう。

B. IR体制・マーケティング強化

投資家への情報開示・コミュニケーションが成否を分けます。ロードショーやカンファレンスコールだけでなく、デマンドジェネレーションを目的としたWEBセミナーや投資家限定ミートアップなど多様な手法を組み合わせることが有効です。

C. 内部統制とコンプライアンス整備

目論見書記載情報の正確性確保と、SEC質問対応体制の構築は必須です。特にResale排除により注目度が高まるため、内部監査部門や外部監査人と連携し、開示プロセスを強化しましょう。

投資家の視点:安心感と留意点

今回の改正により、投資家は従来よりも高い安心感を得られるようになります。まず、企業が公募によって調達した実需に基づく資金規模が保証されるため、需給の崩れによる初期急落リスクが低減します。次に、大規模公募に伴う株式希薄化の影響を事前に評価しやすくなり、中長期的なリターンに与えるインパクトを見極める重要性が増しています。さらに、Global Market基準をはじめとする他市場との比較や、従来Resale Sharesを多用した企業と新基準下の企業の初値パフォーマンスを比較分析することで、より精緻な投資判断が可能となります。

まとめ

2025年4月11日のMVUPHS要件改正は、Nasdaqが市場品質向上と投資家保護を最優先に掲げた施策です。企業は大規模公募を見据えた戦略とIR強化を、投資家は真の需給バランスと希薄化リスクを重視した判断を行うことで、より健全な市場形成に貢献できます。

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