IASBがのれんの償却の義務化を検討

IASBがのれん償却の義務化を検討

先日、日経新聞より、IFRSを策定する国際会計基準審議会(IASB)がのれんの償却義務化の議論を始めるとの記事が配信されました。記事によると、IASBのハンス・フーガーホースト議長が日経新聞の取材で明らかにしたとのことであり、議長は『減損損失をめぐる企業の判断が「楽観的になりやすい」うえ、計上のタイミングも「遅すぎる」と指摘した』とのことです。

日本では、2003年に出された「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)により、のれんは最長20年で償却することとされています。他方、IFRSでは、のれんは非償却で毎期減損テストを実施することとされており、のれんの償却が義務化された場合には、IFRS採用企業の業績に大きな影響を及ぼすことになります。

 

のれんの会計処理の変遷

これまで、のれんの会計処理はどのように議論され、どのように整理されてきたのでしょうか。以下ではIFRSおよびUS-GAAPにおけるのれんの会計処理の変遷をたどります。

 

無形資産会計の黎明期 償却及び減損アプローチ~

無形資産の会計処理について初めて規定した会計基準は、米国で1944年に公表された会計研究公報((Accounting Research Bulletins:以下、ARB という)24号「無形資産に係る会計」です。

ARB第24号においては、耐用年数のある無形資産についてはその期間にわたって規則的に償却し、耐用年数を持たない無形資産については、耐用年数や価値がなくなったことを示す明確な証拠が見つかるまでは、原価で繰り越すことが可能とされていました。また、1950年に公表されたARB第40号「企業結合」において、パーチェス法の他に、一定の要件を満たす場合には、持分プーリング法の適用が認められました。

持分プーリング法は被買収会社の資産、負債を帳簿価格のまま受け入れる会計処理であり、したがってのれんが計上されることがない会計処理です。

これにより、1950年代から60年代にかけて、米国では企業結合に際して、パーチェス法を用いても多くの場合のれんの耐用年数が特定されないという建前で償却が行われないか、持分プーリング法を適用してのれん自体が計上されない(ので、償却もされない)という状況が生まれました。

その後、1970年に公表された会計原則審議会(Accounting Principles Board :以下、APB という)意見書第17号「無形資産」では、無期限に存続する資産があるとしてもそれは極めて少なく、通常の資産はその価値が将来喪失するはずであるとの考え方に立ち、のれんは40年以内に償却するとともに、減損の兆候があるときに減損テストを行うこととされました。

が、その適用要件が狭められたものの、APB意見書第17号でも引き続き持分プーリング法の適用は認められていました。

 

一方、国際会計基準として最初に制定されたのれんの会計処理に係る基準は、1983年に国際会計基準委員会(IASC)が公表した国際会計基準(IAS)第22号「企業結合」です。

IAS第22号は、1993年と1999年の改定を経て、最終的な基準では、企業結合を「取得」と「持分の統合」に分け、それぞれにパーチェス法と持分プーリング法を適用すること、計上されたのれんは20年以内で規則的に償却することが定められており、米国と同様、償却及び減損アプローチが採用されていました。

 

米国会計基準でも国際会計基準においても、のれんを償却するというアプローチが導入されたものの、引き続き持分プーリング法の適用も認められており、実態として同じ取引であっても採用する会計方針によって損益が全く異なるということが頻繁に発生し、その結果、投資家や規制当局から比較可能性が担保できる単一の会計アプローチの導入が求められるようになりました。

 

2000年前後 減損のみのアプローチへの移行

そのような声を受け、まず米国でのれんを含む無形資産の会計処理の改定が議論され、1999年に米国財務会計基準審議会(FASB)は、APB意見書第17号のアプローチを維持しつつ、持分プーリング法を廃止すると同時に、のれんの償却期間を最長20年に短縮する公開草案を公表しました。

ところがこの案に対し、償却費の負担による経営成績の悪化を容認できないとした産業界の猛反発を受け、この改訂案は全面的に再検討されることとなってしまいました。

その後、2001年に最終化され公表された財務会計基準書(Statement of Financial Accounting Standards以下、SFASという)第141号「企業結合」及び同142号「のれん及びその他の無形資産」では、1999年の公開草案とは異なり、のれんの償却が禁止され、年1回以上の減損テストの実施が導入されました。

持分プーリング法の廃止という点においてFASBは当初の目的を達成したのですが、公開草案の時点ではのれんの償却期間を短縮することが検討されていたものの、産業界の反発を受けてこれを断念した経緯を鑑みると、減損テストの導入は妥協の産物であったと考えられます。

 

他方、IFRSにおいては、IASBが2004年に公表したIFRS第3号において、従前のIAS第22号から大幅に改訂がなされましたが、米国会計基準とのコンバージェンスの達成も考慮された結果、米国のSFAS141号および同142号の規定同様に、持分プーリング法が廃止されてパーチェス法に一本化されるとともに、のれんの償却が禁止され年1回以上の減損テストの実施が要求されることとなりました。

 

のれんの会計処理をめぐる最近の動向

米国では、「減損のみのアプローチ」の導入後、財務諸表作成者や監査人の過大なコストに対して懸念が示されてきました。また、アナリストはEBITDAを中心に分析を行うため、のれんの償却に関する情報をあまり必要としていないとも言われ、特に非公開会社では減損テストの効用がコストに見合わず、問題となっていました。

そのような背景から、FASBは2014年に非公開会社におけるのれんの会計処理を改定し、ASU2014-02「無形資産―のれん及びその他:のれんの会計処理、PCCとのコンセンサス」において、非公開会社がのれんを10年以内の期間で定額法により償却する代替的な会計処理を選択することを認めました。

また、のれんの償却を選択した会社については年1回の減損テストを行う必要はなく、公正価値が簿価より低いと思われる場合にのみ一段階の減損テストを行うこととされました。

FASBは非公開会社に対して認めたこれらの会計処理を将来、公開会社に対しても適用する可能性に触れています。

 

他方、IASBは、2015年にIFRS第3号の適用後レビューの実施結果に関するフィードバック・ステートメントを公表したのち、「のれん及び減損」について審議を続けてきました。そして2017年12月のIASB会議においては、今後はのれんの償却再導入の検討を行なわないことが暫定的に決定されています。

これについては、IASB会議においては減損のみのアプローチへの支持が多数であり、のれんの償却額が購入のれんの耐用年数や費消パターンといった一般には予測できない要素に左右されてしまうこと等が主な理由とされています。

ところが今般、このIASB会議の暫定決定に反し、IASBがのれんの償却義務化の検討を開始する旨が報道されました。

 

それぞれのアプローチへの支持理由

償却及び減損アプローチと減損のみのアプローチにはそれぞれに支持理由があり、いずれが望ましいアプローチかを一概に言うことはできません。

 

償却及び減損アプローチを支持する主な主張には次のようなものがあります。

・取得のれんは取得後において価値が減少する。のれんの償却は、企業結合で取得した経済的資源の消費を合理的に反映し、取得したのれんのコストをその消費期間に配分する。

・取得のれんは、時の経過により費消され、自己創設のれんに置き換わる。自己創設のれんの認識を禁止するIAS第38号「無形資産」の一般原則との整合性を確保するためには、償却によって取得のれんの費消を反映することが有用である。

・減損テストは複雑であり、多くの不確実性と判断を伴う。減損損失をめぐる企業の判断には恣意性が介入する余地がある。

・減損は一般的に適時に報告されていない。

・のれんの償却は、のれんの減損に関するコストと便益のバランスを改善させる。

 

他方、減損のみのアプローチを支持する主な主張には次のようなものがあります。

・財務諸表利用者はのれん償却前利益を算出して利用している。

・多くの企業結合では取得コストの大部分がのれんである。投資の価値は必ずしも時の経過とともに低下するとは限らない。

・減損損失の認識は、経営者による投資に対する説明責任の履行に寄与する。

・「投下資本利益率」や「使用資本利益率」に関する有用な情報が提供される。

 

IFRS採用企業への影響

では、のれんの償却が義務化された場合、IFRSを採用する企業には具体的にどのような影響があるのでしょうか。

 

2017年度時点で国内のIFRS導入企業(約160社)は約14兆円ののれんを抱えています。日本企業で最大ののれんはソフトバンクの抱える4.3兆円です。仮に20年間の定期償却が導入された場合には、ソフトバンクの営業利益を毎年2,000億円あまり押し下げる計算となります。

 

IFRSは2013年から上場企業に加え、IPOを準備している企業でも導入できるようになりました。2014年に再上場したすかいらーくを皮切りに、これまでにベルシステム24、コメダ、スシローなど累計16社がIFRSを任意適用してIPOしています。

これらのIFRSを採用してIPOした会社に共通して見られる特徴として、総資産に占めるのれんの割合が高いことが挙げられます。すかいらーくの場合、2017年12月決算の連結総資産3,190億円のうち、1,461億円(45.8%)をのれんが占めています。

IFRSによるIPOは、海外企業と比較しやすく外国人投資家から資金調達を得やすい、海外子会社と共通の経営指標を使用できるなどのメリットがありますが、のれんなど無形資産の定期償却が不要であることも、これらの会社がIFRSによるIPOを選択した理由のひとつと考えられます。

のれんの償却が義務化された場合、IFRSによってIPOをした会社では、営業利益を押し下げる大きな要因となると考えられます。また、IFRSによる上場を検討していた企業にとっては、IFRS採用の大きなメリットのひとつが失われることになる可能性があります。IFRSにおけるのれんの償却義務化は、上場企業だけでなく、これから上場を目指そうという企業にも大きな影響がありそうです。

 

記事によれば、IASBは2021年にものれん償却義務化の結論を出すとのことです。

今後の議論の進展に注目する必要があります。

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