SEC気候関連開示規則を採択

気候関連の開示規則はここ数年、世界の多くの国で検討が行われ、規制が開始されています。その中で、米国証券取引委員会(SEC)から気候関連事項のリスクと影響に関する公開企業の開示を強化する規則案が出されてから2年が経ちようやく2024年3月6日に最終規則が採択されました。原案に対して24,000通を超えるコメントレターが寄せられ、利害関係者によるロビー活動などがあり、原案からは規則が緩和された最終規則になったとの見方があります。いずれにしても、米国の証券取引所に上場している公開企業に対して気候関連事項のリスクと影響に関する情報開示が義務づけることになります。

最終規則には、国内登録者(Domestic filer)及び米国外の発行者(Foreign Private Issuer)の全ての公開会社に対して気候関連のリスクとリスク管理の開示、取締役会及び経営者による気候関連のリスクに対するガバナンスに関 する開示が含まれます。加えて、監査済み財務諸表において、悪天候やその他の自然条件による財務的影響を開示することが要求されます。また、大規模な登録会社は、温室効果ガス排出量に関する情報を開示することが求められ、これは段階的に保証の対象となります。

最終規則は原案からは緩和されたものになっています。原案には気候変動に起因する物理的リスクの所在地(郵便番号など)を開示するという詳細な情報がもとめられていましたが物理的リスクの対象となる資産や事業の地理的状況を開示するというレベルに緩和されています。また、気候変動リスクに関する専門知識を 有する取締役がいるかどうかを開示す るという要件は削除されています。

非財務諸表の開示(Regulation S-K)

年次報告書および登録届出書に影響を与える開示要件

Regulation S-Kで求められる気候関連開示は、既存の連邦証券法の枠組み(他のSEC規則および規制と整合性があるもの) で用いられる重要性に基づくもの。

ガバナンス(Item 1501)

  • 気候関連リスクの評価と管理における経営陣の役割と範囲について 
  • 当該リスクに対する取締役会の管理監督について

戦略 (Item 1502)

  • 短期(12カ月以内)および長期(12カ月超)にわたって戦略、業績、財務状況に重大な影響を与えた、または重大な影響を与える可能性が合理的に高い物理的および移行期の気候関連リスクについて
  • 移行リスクを管理するための移行計画
  • シナリオ分析とインターナルカーボンプライシング(気候関連リスクの評価と管理に用いられる場合)

リスクマネジメント(Item 1503)

  • 気候関連リスクの特定・評価・管理プロセス
  • 気候関連リスクが全体的なリスク管理プロセスに統合されているかどうか、またどのように統合されているか

ターゲットと目標(Item 1504)

  • 気候関連の目標とゴール
  • 目標または目標の達成に向けた進捗状況と、その達成方法

GHG排出量(Item 1505)

  • スコープ1およびスコープ2の排出量を、CO2e(二酸化炭素当量)に換算し、重要な場合は排出総量で記載(購入または生成されたオフセットの影響を除く)。
  • 構成するガスの内訳(個々に重要な場合)

GHG排出量の算定に用いた方法論、重要なインプット、重要な前提条件の説明(以下を含む)

  • 組織境界の説明
  • 活動境界の説明
  • GHG排出量の算定に用いたプロトコルまたは基準の説明
  • 見積値の説明、基礎となる前提条件、および見積値を使用する理由

財務諸表開示(Regulation S-X)

財務諸表に影響を与える開示要件

財務諸表への影響

厳しい気象現象やその他の自然現象の開示(Rule 14-02(c) and (d))

  • 厳しい気象現象やその他の自然現象による影響(それぞれの金額が財務諸表に反映されている場合を含む)。
    • 資産化された費用および経費(回収分を除く)で、その額が当該会計年度の株主資本または欠損金の絶対額の1%以上である場合(50万ドル未満である場合を除く)。
    • 発生時に費用処理した支出および損失(回収分を除く)で、その額が当該会計年度の税引前利益または損失の絶対額の1%以上に相当する場合(10万ドル未満を除く)。
  • 開示基準額は、特定のデミニミス閾値を下回らない限り、特定金額の1%以上

カーボンオフセットと再生可能エネルギークレジット(Rule 14-02(e))

  • 財務諸表の影響(気候関連の目標または目標を達成するための計画の重要な要素として使用される場合)

財務上の見積もりと前提条件(Rule 14-02(h))

  • (1)厳しい気象現象やその他の自然現象、または(2)開示された目標または移行計画によって重大な影響を受ける財務上の見積もりおよび前提条件に関する定性的な開示
  • (1)気候関連リスクの軽減または適応のための活動、(2)移行計画、または(3)目標または目標に関連する財務上の見積もりおよび仮定に対するその他の定量的および定性的な影響
    • 財務諸表以外で開示が必要

適用日

登録企業の種類

GHG排出量
以外の全ての
開示

スコープ1、
スコープ
2
排出量開示

限定的な保証

合理的な保証

大規模
早期提出会社

開始年度
2025
以降

開始年度
2026

以降

開始年度
2029

以降

開始年度
2033

以降

早期提出会社

開始年度
2026
以降

開始年度
2028

以降

開始年度
2031

以降

適用されない

小規模報告会社、
EGC
非早期提出会社

開始年度
2027
以降

適用されない

適用されない

適用されない

 

最終規則(Final rule: The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures for Investors AGENCY: Securities and Exchange Commission

最終規則は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が開発した開示フレームワークの概念を一部活用しているものの、欧州連合 (EU)の企業持続可能性報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive)、IFRSの持続可能性開示基準(ISSB基準)、カリフォルニア州気候変動開示法(California Climate Disclosure Law)など、他の規制や基準とは多くの点で異なっており、相互運用性がなくSECの開示要件を満たすために、別の枠組みで作成された開示を用いることが難しくなっています。

SECは規則を遵守するための費用に関して、最初の10年間の年間平均費用は197,000ドル未満から739,000ドル以上と予想しています。特に温室効果ガス排出量に対して合理的な保証を得る必要がある大規模な登録会社にとっては重い負担になる可能性があります。また、時間的猶予があるものの小規模報告会社、EGC、非早期提出会社にとっても温室効果ガス排出量の開示以外の開示に対応するだけでも重い費用負担になる可能性があります。この費用負担は今後米国市場でIPOを考えている企業にとって米国市場でのIPOを検討する上で新たな論点になる可能性があります。

SECの気候関連情報の開示に関する規則は、公開企業に対しての規則ではありますが、必然的に経済全体に波及し、非公開企業にも影響を与えることになると考えられます。非公開企業には、以下のような影響が考えられます。

気候関連リスクデータの収集

公開企業がバリューチェーンにおける重要な気候変動リスクを報告するにつれ、大規模公開企業のサプライチェーンに含まれる非公開企業も、気候変動データ収集のエコシステムの一部となり、排出実績データの提出を公開企業から求められるようになると考えられます。

気候関連リスク情報開示の標準化

SECの気候関連のリスクと影響に関する情報開示の義務化は、企業が共有すべき情報についての新たな先例となると思われます。TCFDに沿ったこのSECの報告義務は、非公開の自主的な情報開示の指針となると思われます。

競争他社との差別化

気候リスク関連の情報開示に積極的な姿勢を示すことで、非公開企業は競合他社との差別化を図り、サステナビリティを重視する幅広い投資家や消費者にアピールすることができると思われます。

株式公開に向けての準備

気候リスク関連の情報開示を積極的に採 用する非公開企業は、将来の米国での株式公開の準備がよ りスムーズになると思われます。

気候関連リスク情報開示の実務化

監督当局であるSECが気候関連事項のリスクと影響に関する情報開示規則作成したことは、気候関連リスク情報の重要性が認められたことであり、規則の強弱、浸透するまで時間がかかるかもしれませんが、非公開企業においてもの気候関連のリスクと影響に関する情報開示が実務になる可能性があることを示しています。

なお、他国等の動向としては、日本企業が多く活動するカリフォルニア州ではより厳格な規則が適用されることに注意が必要です。米国法人で一定の売上高を超える企業がカリフォルニア州で事業を行う場合は対応が求められます。カナダにおいてもスコープ3の開示を含む可能性があり米国より厳しい規制が実施される見込みです。さらにEUでは一層厳しい基準が適用され、域外適用がなされることが注目すべき点です。EU域内の一定額以上の売上高がある企業は、条件次第でEU規制の対象となる恐れがあります。

このように気候関連の開示は世界的な潮流となっており、日本企業も自社や事業を展開する国・地域の規制に留意する必要があります。

おわりに

最終規則は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の開示フレームワーク概念を一部活用していますが、欧州連合(EU)の企業持続可能性報告指令やIFRS基準、カリフォルニア州法など他の規制・基準とは相互運用性がなく、別途対応が必要になります。

また、SECは規則遵守のための費用負担が大きくなると見込んでおり、特に大規模企業への影響が大きくなる可能性があります。

このように世界的に気候関連開示が進展する中、非公開企業でもサプライチェーンでのデータ要求や将来の株式公開に向けた準備が必要になると考えられます。

日本の動向についてはまた別の記事にてお紹介させていただきます。
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