ESG情報開示の動向

プライム上場企業に対し、気候変動リスクの情報開示が義務化

2021年10月15日、日経新聞に「気候変動リスクの情報開示 プライム上場企業 来春に」という記事が出ました。内容は、2022年4月から再編される東証の最上位カテゴリーとなるプライム市場の上場企業に対して、主要国の金融当局が立ち上げた「気候関連財務諸表開示タスクフォース(TCFD)」の提言に基づく気候変動リスクの情報開示が実質的に義務付けられることになった、というものです。

近年、温室効果ガス排出による地球温暖化、いわゆる気候変動だけでなく、新型コロナの世界的蔓延や地政学的問題に関連するような非財務要素に起因するリスクに対する注目が高まってきています。また、企業経営を見てみると、短期的な利益を追求する経営方針は、社会や環境への影響を無視することにつながり、地球・社会全体に大きなひずみを生じさせている原因となっていると考えられるようになってきています。そのため、短期的な利益のみを追求する企業は社会からの批判を受けることが多くなってきており、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮した経営、長期的価値の創造を重視する企業の方が幅広いステークホルダーから支持を集め、企業価値が上回るとの見方が多くなってきています。実際に、アメリカの大手機関投資家であるブラックロックは、「サステナビリティ課題に対する理解を深めることが長期の運用成果に結びつくと確信している」として、2020年にサステナビリティを投資の新たな基軸とするための行動指針を策定し、ESGを軸にした投資を強化すると表明しています。

このような背景から、近年、企業が財務情報だけでなく、サステナブルな社会の確立を通じて、企業自身が持続可能な経営を確立するサステナブル経営を行い、関連するESG(Environment、Social、Governance)に関連するリスクや、それに対応する行動指針等を開示することが求められるようになっています。

ESG情報開示の基準とフレームワーク

ESGに関連する情報に対するステークホルダーの需要は、TCFDが気候変動関連のリスクと機会に関する情報開示を提言したことをきっかけに、最近急速に高まってきています。その流れの中で、非財務リスクの透明化、長期的価値の創造を評価するための指標設定などの必要性が議論されています。その背景としては、投資家だけでなく、格付け機関、データプロバイダー、政策立案者、規制当局、NGO、一般市民など、幅広いステークホルダーが従来からある財務情報だけでなく、企業のサステナビリティレポートや統合報告書に開示されているESG情報を基に様々な意思決定を行っていることがあります。

ESG情報開示を行うためには、それに係る基準やフレームワークが必要です。これまでSASB、IIRC, GRI、CDP、CDSBといった機関や団体が、ESG情報開示というエコシステムを確立し、基準とフレームワークを策定、更新させてきました。企業はこれらの基準やフレームワークを用いることで、ステークホルダーに対して透明性の高いESG情報を発信することが可能となっています。しかしながら、アメリカ、ヨーロッパなどそれぞれの立場で、独自に基準や指針を定めていったため、利用者、特に日本の利用者にとってはどれに基づき、何を参照すべきか、判断に悩む状況となっていました。

そのような背景から、最近になり、ESG情報を使い、企業分析をさらに容易にするために、一貫性、透明性があり、かつ比較可能で統一的なESG情報開示基準の策定への動きが始まっています。

  • 2020年9月にSASB、GRI、CDP、CDSB、IIRCの5つ組織が包括的な報告体系を作成するための協力を約束し、これに呼応するかのように、同年9月には大手会計事務所のDeloitte、EY、KPMG、PwCの主導で、World Economic ForumがESG報告に関する既存のフレームワーク、基準を利用した新しい枠組みを発表しました。
  • さらに、同年10月にはIASB(国際会計基準審議会)の母体であるIFRS財団が、ESG情報開示の統一を目的としたサステナビリティ基準審議会設立の提案をしました。
  • 2021年6月にはSASBとIIRCは合併し、Value Reporting Foundation(VRF)という新たな財団を設立、透明性と一貫性があるサステナビリティ・ESG開示基準と統合報告書の枠組み作りに着手しています。また、同じ月に証券監督当局の国際機関であるIOSCO(証券監督者国際機構)が、「企業のサステナビリティ開示に関する報告書」を公表。
  • さらに、10月に入ってからはTCFDが温暖化ガス排出削減に向けた行動計画の開示を企業に求める新指針を公表しました。このTCFDの新指針では、従来からあった削減目標や財務リスクの開示だけでなく、企業の温暖化ガス排出削減計画におけるその具体策の開示が求められています。これにより各企業の計画の実現可能性の妥当性を客観的に評価することが可能となり、ステークホルダーの企業評価における新たな指標になることが期待されています。

 

今後は既存のVRF, GRI、CDP、CDSBの4つの組織に加え、IFRS財団のサステナビリティ基準審議会が、ESG情報開示のエコシステムのプレーヤーとなりESG情報開示の充実を進めていくものと考えられます。

日本におけるESG情報開示の動向

日本においては、2020年6月に民間企業19社で構成するESG情報開示研究会が発足し、2021年6月には経済産業省が「非財務情報の開示指針研究会」を立ち上げることを発表しました。その他、同省による「人的資本経営の実現に向けた検討会」立ち上げ、内閣府の「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」による今後の知財・無形資産の投資・活用戦略の構築に向けた取り組みに関する取りまとめの公表など、ESG情報開示に関する動きが国内でも活発化してきています。

そして、2022年4月以降、東京証券所取引所の市場再編で「プライム市場」に入る上場企業に対して、TCFD提言に沿った気候変動リスクの情報開示が実質的に義務化されることになっています。

第三者保証の義務化

一貫性、透明性があり、かつ比較可能で統一的なESG情報開示基準の策定と並行して、ステークホルダーに対し企業が公表しているESG情報の信頼性について、第三者のチェック、保証が求められ始めています。すでに、任意で会計士等の第三者による限定的な保証を受けた統合報告書を公表している企業が多くありますが、今後はグローバルで展開している企業や上場企業のサステナビリティ報告書、統合報告書、アニュアルレポートなどで開示されているESG情報に対する第三者保証が義務化されることが想定されます。

ESG情報に対する第三者保証の動きは2021年に入ってから急速な動きを見せています。2月に国際会計士連盟(IFAC)と国際統合報告評議会(IIRC)が「Accelerating Integrated Reporting Assurance in the Public Interest」公表しました。同じく2月に米国公認会計士協会(AICPA)が「ESG reporting and attestation: A roadmap for audit practitioners」を公表。さらに、4月には国際監査・保証基準審議会(IAASB)が企業のESG情報に対する保証業務の実例を含めた「Non-Authoritative Guidance on Applying ISAE 3000 (Revised) to Extended External Reporting Assuarence Engagements」を公表しています。会計士業界によるこのような動きは、監査法人によるESG情報に対する保証の義務化への地ならしであり、企業はそのための準備を始める必要があることを示唆しています。

内部統制への拡大

ESG情報開示が義務化されると、その影響は開示情報に対する保証だけに留まらず、ESG情報にかかる内部統制の整備にも及ぶことが想定されます。おそらく、現時点でESG情報開示にかかる情報の収集・処理プロセス及び内部統制は、ほとんどの企業において手つかずになっていると思われます。2002年に米国の上場企業の財務報告に対してSOX法(上場企業会計改革及び投資家保護法)が適用された際は、その対象となった企業が準備に多くの時間と労力を費やしました。ESG情報も同様に、開示対象となる各種のデータを正確に集計・処理し、外部に開示するためには、多くの時間を費やして、現状の情報収集体制の見直し、新たなプロセスやITを含めたシステムの構築などを行うことになる可能性があります。加えて、ESG情報開示に対して、内部統制の整備、評価、さらに会計士等の第三者保証が義務化されるとなると、周到な準備が必要になります。また、ESG情報開示にかかる社内体制の整備も並行して取組む必要があり、例えばESGに精通した社外取締役の採用、ESG情報開示部署やESGリスク管理部署の設置、内部監査部の拡充などが求められるので、企業はESG情報開示のインパクトを全社レベル、横断的に評価し、対応していくことが不可欠となります。

おわりに

当社では企業様の長期的な成長に関しても積極的にサポートさせていただきたいと考えております。ESG情報開示に関しましても、ご不明な点がございましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。

*注釈

TCFD

The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosure(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略称。気候変動が金融市場に重大な影響をもたらすとの認識拡大を背景に、G20の要請を受け、2015年に金融安定理事会(FSB)により設立。2017年に最終報告書を公表。企業等に対し、気候変動関連リスクおよび機会が財務に及ぼす影響を整理し、ガバナンス(Governance)、戦略(Strategy)、リスク管理(Risk Management)、指標と目標(Metrics and Targets)の4項目に関する開示を推奨している。2021年10月に温暖化ガス排出削減に向けた具体策の開示を加えた新指針を公表。

参考リンク:TCFD ウェブサイト TCFD新指針 TCFD提言 TCFDガイダンス 

SASB

 

Sustainability Accounting Standards Board(サステナビリティ会計基準審議会)の略称。2011年、米国を拠点に設立された非営利団体。企業情報開示の質的向上に寄与し、中長期視点から企業の非財務情報を評価・比較したいという投資家の意思決定に貢献することを目的に、将来的に財務インパクトが高いと想定されるESG要素に関する開示基準を設定。2018年11月に「SASBスタンダード」を公表。11セクター77業種ごとに重要な指標を特定し、各企業の開示情報を比較可能にしている。

参考リンク:SASBウェブサイト SASBスタンダード SASB基準適用ガイダンス SASB実施入門書

IIRC

International Integrated Reporting Council(国際統合報告評議会)の略称。財務資本の提供者が利用可能な情報の改善、効率的に伝達するアプローチ確立等を目指し、2010年にA4S(The Prince’s Accounting for Sustainability Project)とGRIによって創設された国際的な非営利団体。財務情報と社会貢献や環境対策などの非財務情報の両方を統合的に公開する「統合報告(Integrating Reporting)」の開発・推進を行っている。2021年1月、国際統合報告フレームワークの改訂版を公表。

参考リンク:IIRCフレームワーク 

GRI

Global Reporting Initiativeの略称。サステナビリティ報告書のガイドライン(現・GRIスタンダード)を策定している国際的な非営利団体。GRIによるサステナビリティ報告書の枠組みを適用することにより、企業は経済・環境・社会において自らの活動のパフォーマンスがどのようなインパクトを与えるかを測定、分析、解釈し、これらを広く伝達することが可能に。2021年10月に共通スタンダードの改訂版および石油・ガスのセクター別スタンダードが公表(現時点では英語版のみ)。大手グローバル企業の約75%がこのスタンダードに準拠しており、多くの日本企業も参照している。

参考リンク:GRIウェブサイト GRIスタンダード

CDP

気候変動など環境分野に取り組む国際的なNGO団体。気候変動が企業に与える経営リスクの観点から、世界の主要企業の二酸化炭素排出量や気候変動への取り組みなど、機関投資家が関心のある情報に焦点を絞り、質問書を用いて収集。それらを分析、評価することで、企業の取り組みを比較可能な形で公開している。2000年に設立された「Carbon Disclosure Project」が前身で、活動領域を水、森林等の分野にも拡大するため、2013年に組織名を「CDP」へ変更。

参考リンク:CDPウェブサイト

CDSB

Climate Disclosure Standards Board(気候変動開示基準委員会)の略称。財務情報と気候変動情報をリンクするために、現状の基準や活動における改善点、規制への対応などについてさまざまな機関と共同で考えていくための組織。企業や環境関連機関によるコンソーシアムで、監査法人や企業、標準化機関、規制当局と密接なパートナーシップのもと活動。企業の気候変動情報開示の標準化を目指して世界的なフレームワークを構築し、有価証券報告書などにおける気候変動情報の開示を進めている。

参考リンク:CDSBウェブサイト TCFD実務ガイド 

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