沢井製薬持株会社化に伴うSEC登録の背景

ジェネリック医薬品でおなじみの沢井製薬株式会社(以下、沢井製薬)は4月1日、単独株式移転により完全親会社となるサワイグループホールディングス株式会社(以下、サワイGHD)を設立しました。

背景としては、政府による改革・将来的な市場構造の転換が上げられます。2018年の「薬価制度の抜本改革」で政府は、ジェネリック医薬品(後発医薬品)の発売後10年を経過した先発医薬品(もともと新薬として発売されたもの)の薬価について、ジェネリック医薬品の価格を基準に段階的に引き下げるとする政策や、薬価改定を毎年実施(従来は隔年実施)するなど、薬価の引き下げを目指す方針を示しました。

この結果、製薬産業が再編時期に入り、今後M&Aや戦略的提携が加速すると考えられており、沢井製薬の再編も、この変化への迅速な対応を見据えたものでした。持株会社制へ移行することにより、沢井製薬はM&Aを含む戦略的提携をよりフレキシブルかつ迅速に実現し、既存事業の一層の強化と新規事業の育成を通じグループ全体の持続的な成長を可能とすることができると期待されています。

サワイGHD設立の経緯を振り返ると、2020年7月の取締役会決議に遡ります。2020年12月21日、臨時株主総会においてホールディングス化の方針が承認されましたが、臨時株主総会の召集に先立ち、持株会社設立の準備として2020年11月27日に米国証券取引委員会(SEC)へ登録届出書(Form F-4)を提出、SEC登録を済ませていました。

株式交換を伴う吸収合併、株式交換、株式移転などの組織再編取引においてはSEC登録が必要

1933年米国証券法第5条の規定により、全ての証券の募集や販売はSECに登録する必要があります。従ってNasdaqやNY証券取引所にIPOする場合などは、証券が販売されることになるためSECへの登録が必要となります。これに関しての基準は明確であり、米国証券法第5条に基づき、原則として(適用除外が無ければ)、全ての証券の募集や販売は、SECに登録される必要があり、その解釈に何ら難しいことはありません。

問題なのは、株式交換等で組織再編が起こった場合です。株式交換に際しては、株主に株式(証券)を売るわけではないので、一見すると証券法第5条の規定は無関係にみえます。しかしながら、証券法規則145「証券の種類の変更、合併、株式移転、及び資産譲渡」の第5条において、以下のような企業結合取引における証券の交換(経営統合取引)は対象となる株主の承認を必要とするものであり、証券法上においては証券の「販売」に該当する、と明記されています。

(1)ある会社の証券が他の会社の証券と交換される証券の再分類

(2)ある会社の証券が他の会社の証券と交換される合併、統合、または買収

(3)買付会社が売付会社に買付会社の証券で支払う場合の資産の移転

これによって、株式交換を伴う吸収合併、株式交換、株式移転などの組織再編取引においてはSEC登録が必要という規定となっていることが分かります。

なお、株式交換ではなく、金銭を対価とする経営統合は、通常、同法第5条に基づく SECへの登録義務の対象となりません。

適用除外の要件を満たさない場合、日本企業もSEC登録の対象に

日本企業にとって問題なのは、この証券法の規定が、米国内の企業に対象を限定していないことです。この規定は米国の株主を保護する目的で作られているため、対象企業の国籍に関わらず、米国内に対象企業の株主がいるかどうかが問題となります。日本国内企業同士の統合や再編であっても、米国内に株主がいれば米国内での株式の募集又は販売に該当するとみなされ、SECへの登録義務が生ずるということになります。

一方で、全ての該当取引がSEC登録の対象となるわけではありません。判断基準は非常に複雑ですが、簡単に説明すると、

①米国居住株主(国籍は関係ない)の保有割合が10%以下であること

②米国居住株主に対して、米国外に居住する株主と平等的な取扱いがなされていること

③一定の情報開示がなされていること

以上、3つを満たす場合は、SEC登録は免除されます。

過去にも日本企業同士の組織再編に伴うSEC登録の事例が

日本には外国株主、特に米国の株主が多い企業が沢山あります。従って、国内企業の単独株式移転(自社の発行済株式の全部を新たに設立した会社に取得させること)及び共同株式移転(複数の会社がその発行済株式の全部を新たに設立する持株会社に取得させること)に伴い、SECの登録義務の対象となったケースはかなりの数に上ります。具体的には、例えば以下のような経営統合等に際して、SEC登録が行われた事例があります。

新日鉄住金株式会社、日新製鋼株式会社

2018年5月の両社取締役会決議に基づき、2019年1月1日に新日鉄住金を株式交換完全親会社、日新製鋼を株式交換完全子会社とする株式交換が行われ、日新製鋼は新日鉄住金の完全子会社となり、同年4月1日に新日鉄住金は日本製鉄に社名を変更しました。この株式交換に先立ち、新日鉄住金は2018年11月にForm F-4を提出してSEC登録を行いました。この合併は、長期的な産業構造転換に対応する事業再編であり、将来的に両社のステンレス鋼板事業を分割し新会社にグループ全体のリソースを統合することを見据えてのものでした。

コカ・コーラウエスト株式会社、コカ・コーライーストジャパン株式会社

同様の例として、2017年2月にコカ・コーラウエスト株式会社がコカ・コーライーストジャパン株式会社を完全子会社化した際にも、2017年2月にSEC登録が行われています。当株式交換後、親会社となったコカ・コーラウエストは一切の事業を新しく設立された子会社の新コカ・コーラウエストに吸収分割、自身はコカ・コーラボトラーズジャパンに商号を変更し持株会社となりました。その結果、サプライチェーンが効率化され、コカ・コーラウエストとイーストジャパンに統合されていった製造・販売担当のボトラーズ各社が、コカ・コーラボトラーズジャパンのもとに集約されることになりました。

横浜銀行株式会社、東日本銀行株式会社

横浜銀行と東日本銀行が共同株式移転方式により設立した共同持株会社であるコンコルディア・フィナンシャルグループが2016年4月1日に設立された際も、SEC登録が行われています。共同持株会社による経営統合の場合、統合のための株式交換の株主承認の前に、SEC登録は済ませなければなりません。よって、F-4提出は新会社設立に先立つため、F-4提出主体は横浜銀行、東日本銀行の連名となりました。そして経営統合後の年次有価証券報告書(Form 20-F)提出は、新設されたコンコルディア・フィナンシャルグループが行いました。

沢井製薬のように、グループ内の再編でもSEC登録が必要なケースも

今回の沢井製薬の例では、持株会社設立のために、株主に対して、沢井製薬の株の代わりに新設されるサワイGHDの株式が割当交付される株式転移が行われました。この際、米国居住株主が10%超いたため、SEC登録が必要となりました。

会計的に考えれば、沢井製薬の連結財務諸表サワイGHDの連結財務諸表は、連結対象となるグループ全体の資産・負債は全く同一であるため、株主が保有する沢井製薬の株式と、交換されるサワイGHDの株の価値は何ら変わりません。株主保護の観点からは特段手だてを講じる必要は無いとも思われ、それでも本当にSEC登録が必要かSECの担当者とも直接確認を取ったのですが、SECの見解はあくまでも、ルール通りにSEC登録が必要、というものでした。

外国企業による証券法第5条に基づくSEC登録においてはForm F-4が使われる

SECへの登録に際しては、登録届出書(Registration Statement)が用いられます。組織再編等に伴い外国企業、正確には海外民間発行体(Foreign Private Issuer; FPI)がSEC登録を行う場合には『Form F-4』(https://www.sec.gov/files/formf-4.pdf)と呼ばれる届出書が用いられます。

登録手続きで求められる情報は非常に多岐にわたるものです。Form F-4の構成要素は大きく財務セクション(F-Section)と非財務セクション(Forepart)に分けられます。

財務セクションでは、原則として3期分の財務諸表が必要となります。作成の根拠となる会計基準は米国会計基準(US GAAP)かIFRSのいずれかになります(日本基準にUS GAAPとの再調整を付記したものも可能ですが、実務上ほとんど採用例がありません)。いずれの場合も、米国公開会社会計監督委員会が定める監査基準(PCAOB基準)に従った監査を受ける必要があります。

また、直近で子会社を買収している場合、その重要性いかんによっては、SECのRegulation S-X 3-05の規定により、当該子会社の買収前の個別財務諸表の監査が必要となる場合もあります。また、プロフォーマ情報(直近年度の期首に統合したと仮定して作成される疑似連結財務諸表)の作成も必要となります。また、直前期末とSEC登録との経過期間が長ければ、その間の期中財務諸表(非監査)も添付することになります。

つまり、①監査対象範囲の確認、②US GAAP、IFRS等に基づく財務諸表の作成、③PCAOB基準に基づく監査の(追加)実施、という手順が必要で、非常に時間がかかるケースがほとんどです。

非財務セクションもかなりボリュームがあります。項目としては、会社の概要や事業内容、発行株式やガバナンスの概要、行われる株式交換等の背景や概要、統合比率の算定方法、リスクに関する説明、MD&A(経営者による財政状態及び経営成績の検討と分析)などがあり、こちらも準備にかなりの時間が必要となります。

今回サワイGHD設立に際してSECに提出されたForm F-4を実際に見てみれば、如何に準備が大変か理解できると思います。

https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0001816901/000119312520304105/d946110df4.htm

なお、初回ファイリング後、SECからのコメント、質問、修正要求に対する対応などが必要となり、初回ファイリングから登録完了までに少なくとも3-4か月は必要です。そのため、F-4の準備にどれぐらいの時間が必要で、SECへの初回提出後から登録完了までどれぐらいの時間が必要か正しく見積もり、臨時株主総会のタイミング、契約実行、統合完了までスケジュール調整・管理をすることが極めて重要となります。

登録後のSEC規定準拠も課題

なお、SEC登録後に目を向けると、Form 20-Fによる年次報告書・Form 6-Kによる最新報告書の継続開示をはじめ、SOX法(Sarbances-Oxley Act)に基づく内部統制報告(SOX302、906)及び監査人による内部統制監査(SOX 404)が必要となります。通常の国内での開示に加え、このような対応は企業にとって非常に負担になるため、企業再編に伴いSEC登録を行った企業は例外なく、Form 20-Fを一度提出して年次報告の義務を果たすと、速やかにSEC登録を解除してしまいます。

まとめ

今回は、当社がIFRS財務諸表やMD&Aの作成、監査・SEC対応支援を行った沢井製薬の持株会社設立を具体例として、国内企業の組織再編によってSEC登録を行うケースを見てきました。

国内上場企業の所有者別持株比率を見てみると、海外投資家の比率は近年3割程度で推移しており、その多くは米国居住株主です。今後も国際化の潮流のなかこの比率は増加していくことが見込まれます。そのことを踏まえれば、今後も国内企業の自社内組織再編に伴うSEC登録が必要となるケースは増加していくのではないでしょうか。

Form F-4提出によるSEC登録という意味で必要となる手続きは、サワイGHDの場合も、過去実施された他社の事例も変わりません。いずれにしても、長期的な計画のもと弁護士・監査法人を含む多くの関係者と調整が必要であり、経験・知見を持ったパートナーとタッグを組むことが不可欠といえるでしょう。

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